とりめも

雑記、ネタ帳?インドカレー

文学部から教育学の大学院に進学して気が付いたこと

私は学部では文学部の中国哲学のゼミを卒業し、大学院では教育学研究科に進学しました。当然っちゃあ当然なのですが、全然雰囲気が違うなあって感じながら日々過ごしております。

具体的に言葉にするのが難しいなあ、って一年以上思ってたんですが、最近少し言語化できそうな気もしてきました。

だいたい2つあると思います。1つは年上を敬い過ぎではないかということ。もう1つはよく他人を知ろうとすることじゃないかということです。

他人を無批判に敬いすぎでは

まず、1つめ。これは、教育学研究科だからこそかもしれません。

通常の大学ですと、高校を卒業、若しくは何年か浪人したとしても、10代20代の人とともに学ぶことが多いと思います。当然、コミュニティも若者中心になる。体育会系の厳しい部活やサークルでなければ、わりとお互いに口出ししやすい空間が与えられるのではないでしょうか。大学の人間関係ですと、高校までとは異なり、離れやすい場合が多く、先輩だからと妄信しなくとも良い。間違ってることは間違ってるといいやすい(勿論、例外はありますが)。

ただ、教育学研究科の場合は特殊でした。現役教員の方も学び直しや派遣で多数在学しています。また、狭い世界ですので、自分の教育実習の指導教諭が同級生になる、なんてこともあります。恩師と同期になれちゃうわけですね。さらには、教員になることを目指す人が多いので、未来の先輩が大学院の同期や後輩になることもあります。

個人的には、現役教員の方々と共に授業を受けられることは、圧倒的にメリットが多いと思うのですが、今回は関係ないので書きません。

本題の「年上を敬いすぎ」に戻します。私は、自分の所属しているところとは別の研究室の方が中心となっている授業を履修することが多いのですが、大学院ですと、議論をさせる場面が多い。本来、議論をするならばお互いの立場などは関係なく、発言する意見のみに集中すべきだと思うのですが、案外そうでもない。

文学研究の議論の場で、ある現役の先生がおっしゃりました。「論語は既に解釈が固定されてますよね」と。それに対して、その先生の知り合いぽい学生がみんな「うん、うん」と頷いております。

果たして本当に「うん、うん」と頷いていて良いのでしょうか。実際に、現在でも論語を研究している人は大勢いるはずだし、孔子の生きていた年代もよくわかってない。また、書店に並ぶ論語1つ取ってもどの注釈を採用するかで、訳が異なったりするはずです。論語に詳しくはないですが、学部時代に聞いた話をもとにすると、ぽんぽんと疑念が湧き出てきて、それらを全部反論として提示しました。すると、その場の空気がピリリと張り詰めた感じになり、「訳がたくさんあるってだけですよね」と一蹴されてしまいました。そして、他の方もみな「うん、うん」。相手にすらされない。

そのときに、「なんだ、これは議論ではないのか。」と気づきました。恐らく、演説の場なのでしょう。どっちの意見が正しいかはこの際いいです。問題なのは、歳上の意見だと無批判になりがちなことです。もしかすると、この場では、私の受講態度が悪かったり、1人だけ外部からの受講なのでアウェー感があったのかもしれません。ただ、この様な雰囲気は学年全体の講義の議論の場でもあります。歳上の社会人学生の方の意見が無批判に受け入れられること。また、議論から外れた個人的な教育観や経験談がなんだか効力のある意見になること。経験談は大切ですが、経験談だけでは認められやしないと思うのです。少なくともアカデミックな場では。

論語論争に関しては、私の受講態度が悪かったり、伝え方が下手だったかもしれないという落ち度も考えられます。ただ、学年全体の授業でも似た様な場面はチラホラ見受けられるので、歳上に対して無批判になりがちな若者が多いことも完全に間違いというわけではないでしょう。どんどん批判意識を持てばいいのに、って思っちゃいます。将来の上司だと考えると言いにくいのかもしれませんが、大学院に学びに来てるのだから広い心で反論も受け入れてくれるくらいの度量はあるはずでしょう(そう願いたい)。

大げさかもしれませんが、学術の場で権威を持ち込んではいけないと思うのです。実情は違うのかもしれませんが、大学院での授業の中くらい何を言っても許されるはずです。もっと好きなこと言えばいいのになあ、って思っちゃいます。そういう文化なのかもしれません。文学部時代では、一回りや二回りも歳上の人と話すことがあまりなかったので。あと、「敬いすぎ」と書きましたが、心から敬っているわけではなく、ポーズだけだと思います。現役教員の方が威圧的な物言いのわけでもないですし、学生が勝手に圧力を感じているだけなのかもしれません。処世術としては大切だと思いますが、議論の場では敬意をもって批判すればいいのにな、って。

他人を知りたがる

2つ目は、みんな「よく他人を知ろうとする」だなあってことです。また、これに関しては、どちらの意見もあってもいいと思ってます。

よく議論の中で「コミュニケーションを多く取るべきだ」という意見が出ます。先生と子どもの関係についてですね。問題を抱えてそうな子どもがいたら先生が積極的に構うべきだという意見が多いです。

個人的には人付き合いの中でこれが教育学徒ぽいなあと感心しました。学部の教職課程の時にも似たようなことはうっすら感じていました。

私は今も「人間は完全にはわかり合えない存在だし、それでいい」と思っています。無理に人の情報を聞き出すのではなく、相手が開示してくれた話を手掛かりに少しずつ相手の内面の「一部」を知ることができれば十分だと思っていました。そのほうが相手のわからない部分を想像しなければならず、思いやりにつながるのかな、と。

自分の所属していた学部のゼミでも、どういう理由があるかはわかりませんが、個人について深く聞き出そうとする人は誰もいませんでした。「人は人、自分は自分」と深追いしない。誰がどんな進路だろうと、善いとか悪いとか評価する人はいませんでした。どうしてその道を選んだかは気になるってことはあると思いますが。

ただ、教育の場ではそれではいけない場面はありますよね。いじめ問題などが起きたら何があったか聞き出さないと後々大きな問題になったり。なので、教員という職は人の心を開いて情報を聞き出すことも時には仕事となります。だからでしょうか。先日、幼児心理学の授業で「幼児期における『わからない』反応の発達的変化:『わからない』状態の視覚化手続きを通して」という論文をもとに、「他者は『わからない』ものであるということを指導する場面はありますか」と現役教員や学生の方に尋ねてみたのですが、「人をわからないとあきらめることはよくない」「それより相手のことを知ることを教えるべき」「コミュニケーションをとって相手のことをもっと知るべきだ」といった意見が多く出ました。

教職を志す人には当たり前のことなのかもしれませんが、自分にとっては驚きでした。「他人はわからないものだから、そっとしておいてあげることも正解になる場面がある(無理にわかろうとするとお節介)」と考えていて、それも相互理解の1つの方法だと思っていたのです。そういう意見はほとんどなく、積極的なコミュニケーションを促す意見が多かったです。あとは、「わからない」と判断することが「あきらめ」につながるなんて、その発想はなかった。私にとってはコミュニケーションの1つの方法として、「あの人が何が好きかはわからないから、無難に〇〇にしておこう」という選択をとることが多く、それが最善策でした。「あきらめ」でもなく、コミュニケーションを放棄したつもりもありません。

でも、教育の場ではそれではダメなのかもしれません。わかり合えることの可能性を信じることで、子どもが口を開く場面もありそうです。熱血だとうざったく思われるかな、って考えてましたが、そこの見極めが大事なんですかね。このような、教育の場での考え方やコミュニケーション法を学校外でも実践している人が多いと思います。ぼんやりと「なんでみんなあんなにハキハキしているのだろう」と考えていましたが、この理由の一つに、相手を知ることに対して「あきらめてはいけない」という思考法があるのかもしれません。

見習いたいです

これら2つが大学院に進学して不思議だなあと思うことなのです。ただ、1つ目の年上に無批判なのはよくないって意見も、教室でもっとかみつくこともできたわけですし、何日もたってから思い返して整理してる時点で私も無批判な若者かもしれません。そして、2つ目のコミュニケーション法の違いは、自分も少しは参考にしていきたいです。他人と距離をとる引き算のコミュニケーションが学部生のときは多かったのですが、もっとガンガン詰め寄っていくコミュニケーションも面白そうです。詰め寄るからこそ、素敵な縁が生まれたりしそうですね。しかしながら、人は「わからない」からこそ、意外な一面を知ったりしたときにうれしくなると思うので、なんでもかんでも聞き出すのはもったいないような気もします。長く長く楽しみたいな、ってのが個人的な意見です。

最後に。この世には数多くの大学があるわけですし、絶対にその通りだとは断言はしないのです。ただ、学部の時の教職課程でも似たようなものを感じていたので、教育学部独特の雰囲気はなんかあると思います。なにかで裏付けされていないから声を大にして言えるものでなくとも、感覚としての違和感みたいなものは大事にしていきたい。

また、文学部は専攻によって大きく違う気もするので、なんとも言えない気もします。他人を「わからないもの」として扱う人が多い要因には、私が中国思想系のゼミに所属していたこともあるのかもしれません。