とりめも

東京のおいしいインドカレーの店を教えて

エピクロスの「隠れて生きよ」に救われた話と、中学・高校あたりの自意識の変化

ここ数日、友達がここ数年の心境の変化みたいな文章を続々と綴っていて、ついつい読んじゃう。そんなわけで、単純なので「私も書いてみたいなー」とうずうずしてきました。鉄は熱いうちに打て。いそいそと書いちゃいます。

お行儀が良くない気がしますが、敬体と常体をまぜこぜに書いちゃいます。その方が書きやすいので。

 

大学、大学院あたりのことも書きたいのですが、中・高校の自意識の変化が極端だったので、覚えているうちにまとめたいなーと思います。長いです。一言で言うと、快楽主義が好きって話です。

 

中学くらい

 

大学までは地味な子どもだったと思います。

 

中学の時は、通信教育と塾のおかげで勉強だけはできたので、ギリギリのところで周囲から存在は認められていたと思います。

 

ただ、非常に治安の悪い公立校に通っていたこともあり、勉強できることは個性になってもそこまで魅力にならない。カーストは大体、どの部活に所属しているか、ルックスはどうか、スポーツが得意かどうかで決まるので。

 

あと、部活に非常に力を入れている学校だったので(平日は毎日のように活動する部活が多かった)週に3回しか活動しない書道部に入っていることを理由に小バカにされてることもありました。

 

また、私個人はアニメ鑑賞はそんなにしてなかったし、学校でオタ話はしてなかったのですが、ヤンキーに「あのオタクたち」って呼ばれていたので、ついでに、なんか見かけとかもイケてなかったんだと思います。

 

この時期は、私自身も客観的に自己を捉えることができていませんでした。事実、ギャルやヤンキーと自分のルックスの違いがよくわかっていなかった(アイプチずれてるし、ブスじゃんって思ってた)。

 

卒業して10年たった今、卒業アルバムのヘルメットみたいなショートヘアの髪型の自分を見返すと、「校則破ってでも少しは化粧くらいしろよ」って思うくらい、もっさいですね。ヘルメット被ったジャガイモが制服着ている。おこがましい思想を持っていたものです。

 

身分不相応な自意識を持っていたおかげで、中学時代はお気楽に生きていけたと思います。あと、勉強ができたので調子に乗っていた。ヤンキーやギャルから嫌な思いをしても「でも、あいつら全員私よりバカじゃん」って内心見下してたから生きていけた。不登校になる子どもが非常に多い学年だった(1学年に15人くらいいた)ので、ふてぶてしい生き方は良かったのかもしれませんが。

 

受験勉強も、強気な自意識をこじらせたまま、継続していました。地域で1番学力が高い高校に入学することで、はっきりとヤンキーやギャルとは自分が違う人間だと示したいって願望が強かった。あと、「自分は治安の悪い空間にいるべきではない人間だ」という謎の選民意識があった。勝手に特別だと思っていた節があります。

 

高校入学 勉強

無事に、地域の進学校に入学することができました。中学までは、自分が勉強できると思っていたのですが、最初の試験で「そうでもなかったな」と知ることができました。

 

地域の中学校の上位者ばかり集まるので、その中では普通くらいだったんですよね。たしか、最初の試験は280人いて114位だった気がします。卒業するまで3年間そんな感じの順位のままだったんで、ずーっと普通でした。

 

私は、全部の科目を平均的に得点できるタイプではなく、典型的な私文タイプでした。国語や歴史、倫理、自分の好きな科目では学年で10番以内に入ることもありますが、ついていけなかった理数科目は下から30番の常連でした。なんか、200点満点の数学の模試で100点をとったら担任からものすごく褒められたこともあります。救いようがないくらい理数科目ができなかった。

 

そんなわけで、「人間にはできることとできないことがあるんだなあ」と身をもって学ぶことができた3年間だったと思います。中学までは、どの教科もできる自分じゃないと好きになれなかったけど、高校では、面白い点数の取り方をする自分もいいじゃないかと納得することができました。合理化をせずに必死で勉強しろって話ですけど。

 

高校入学 人間関係

一言でいうと「さん付けで異性から距離を置いて呼ばれ続ける」立ち位置です。「さん」付けで呼ぶのはよくあることだと思うけど、みんなが呼び捨てやあだ名で呼ばれる中でも「さん」付けをされる。いじっちゃいけない雰囲気があるので、あだ名がない。悪口も言われない。

いじめられていないけど、距離が近くなることはないって雰囲気。地味でよくわからないって感じでしょうか。踏み込んだ人間関係にはならないし、関心を持たれない。

 

勉強を通した自意識は前述の感じだったのですが、人間関係は公立中学よりハードだったと思います。荒れていた中学の時って、学力上位層とヤンキーやギャルって互いに見下してるから生きていけたんですよ。どっちも悪目立ちしますし。でも、その間の人は発散場所がなくて苦しい人もいたのだと思う。高校時代は、その苦しみに近いものを理解できた気がします。

 

進学校だと、みんなそこそこ勉強ができるので、本当にコミュニケーション力が問われる空間でした。

 

華やかな特技がある子やカリスマ性のある子のまわりには人が集まっていた印象です。

 

1年生の4月には自分を偽って、いかにも強そうな子と仲良くなろうとしたこともありました。

 

リーダー格に話しかけようとした時に、取り巻きにいた、小柄で声がかわいい子(天然ロリキャラ扱いされてチヤホヤされてた)に「さっきから目が怖い、睨んでるみたい~~><」と言われて、踏み台にされて撃沈しました。堺雅人にどことなく似てる女の子だった。

 

そう、私は目のクマがすごいし、乱視だから裸眼だと焦点が合わないから目を細めてしまう。堺さんの言うことは間違えていない。メガネをかけるべきだったか。

 

そして、入学三日目くらいで高校デビューは諦めて、自然と集まった子と交流を深めることになりました。気が合うし、今でも仲良くしてもらっているので、結果的には本当に良かったんですけどね。

 

また、人間の特徴としては、学力が高いが故に学級委員長や生徒会に所属していた子が多く、目立ちたい子や気の強い子も多いと思います。

 

そして、良いことだと思うのですが、負けず嫌いな子も多い。「干物妹!うまるちゃん」のシルフィンさんみたいな負けず嫌いさを持った子がクラスに15人はいると考えて下さい。しんどいでしょ。(シルフィンさんは可愛いし素直でいい子。)

 

そんな人間が作り出す何事にも全員で全力な雰囲気についていけませんでした。

 

特に毎年秋の文化祭に力を入れる学校だったのが印象的です。クラスの展示(お化け屋敷とか迷路とか)と仮装パフォーマンスに力を入れる学校だったのですが、行事の準備を休むと、「こっそり勉強しているのでは?」とクラスから白い目で見られたりすることもありました。担任の先生も、「行事をサボって勉強しても身につかない」とかHRでお話ししていた。

 

私の場合、書道部の作品づくりで休むのにいい顔はされませんでした。「クラスの中心的な子がテニス部の大会に行くときはみんなが応援するのに、文化祭に部活として出展する作品を作る私が嫌な顔されるのはなぜなんだ……!」みたいな理不尽さを常に抱えていた気がします。

 

あと、ほんの少しだけ絵をかけたり手先が器用だったのですが、文化祭の期間だけ強そうな子に頼りにされてチヤホヤしてもらえていました。でも、高校2年のクラス替えの時に、クラスの中心の子に始業式の最中に「文化祭、頑張ろうね!」と声をかけられて、素直に喜べませんでした。「私の役目ってこれだけか……」となんだか利用されているようで嫌な気持ちになりました。

 

高校1年の時の文化祭は、自分のクラスが優勝したのですが、担任の先生が「(クラスの中心人物を複数人)はよくやってくれた」と名指しで褒めていらっしゃって、

「わたしの方が、あの子たちより上手な大道具とか小道具をたくさん作ったのに……。」ってむなしかったんですよね。地味だったから目立ちたかった。ここで褒められて、使えるやつだと思われて、これをきっかけにみんなと普通に仲良くなれるかも、なんて期待してた。正直、クラスが優勝だろうとビリだろうとどうでもよかった。

 

中学の時はクラスがまとまっていなかったので、多少いい加減な人も許容されていた部分もありました。しかし、高校は、クラスで行事の1位をもぎ取るために全員で頑張ろう って雰囲気で、私は適応できませんでした。「普段はクラスの一員に入れてもらえないのに、なんでこんな時だけ……」って行事のたびに感じてしまうので。文化祭だけでなく、合唱コンクール、球技大会も同様に憂鬱でした。

 

あと、裏方で頑張っても、派手な子が「褒められ」をかっさらっちゃうんだなあというむなしさも。本当に幼いなあと思うのですが、派手な子にチヤホヤされて一発逆転できると思ってたんでしょうね。行事に役に立つイラストが得意でも、コミュニケーションが得意じゃないのでカバーできるわけもなく。

 

高校3年

仲のいい子がいるから基本的には楽しいけど、定期的に学校行事で憂鬱になる2年間を過ごしていて、3年生になりました。

 

この時に、個人的には大きな出来事があります。倫理の授業が始まったことです。初めて、倫理の教科書と資料集を受け取り、ペラペラめくるといろんな先人たちの顔があって難しそうな言葉が並んでいてわくわくしました。普段、最低限しか勉強しないくせに、春休みから張り切って倫理だけは予習をしていました。

 

そんな折、エピクロスという古代ギリシアの哲学者を知ります。倫理の教材には哲人たちの名言が多数掲載されているのですが、エピクロス「隠れて生きよ」という言葉が紹介されていました。

 

クラスでの振舞いに悩んでいた高校生にとってパワーワードじゃないですか??

 

派手な子が先生からチヤホヤされるのに、この哲人は「隠れて生きよ」と命令口調でおっしゃっている。進学校の文化に適応できなくてひっそり生きざるを得なかった自分にとって、楽園のような言葉です。

 

実際は、「ひっそり何かから逃げるように隠れろ」という意味ではなく、「精神的な快楽を重視して、わずらわしいことからは解放されるべきだ」みたいな話だったと思います。むしろこちらの意味のほうが私にとってはありがたかった。

 

自分の学校では、「嫌なことに対しても全力を尽くすべきだ」って教えられる場面が多かったのですが(だいたいの学校はそうだと思いますが)、過度に真に受けていた自分にとってはこれまでの悩みの大半を救ってくれるような思想でした。

 

みんなはクラスのリーダー格の提案に従っていてそれが正義のようだ。でも、内心では従いたくない自分のことも受け入れてくれる世界があるのかもしれない。

 

当時、「みんなができているリーダー格の子への適応ができていない自分でも、快楽主義では善なのかもしれない」 とも解釈できる思考法が与えられたことは安定剤となりました。

 

だって、カーストを気にして、リーダー格の子と無理やり仲良くなったとしても、精神的には今より苦しいはずなんです。本心は、世間体(クラスの中の)が悪くても、仲のいい友達とヘラヘラやっていきたいわけですし、それは快楽主義に則るのならば悪いことではないはずです。

 

多数の人が適応できている学校の文化には反するかもしれないけれど、そういう考え方が存在できる可能性があるだけでありがたい。

 

また、このころから「自分はどう行動したら好かれるのか」ではなく「自分はどう行動したいのか」を考えるようにしました。実際には、思い通りの行動ができない場面は多いのですが、「あの子に好かれるためじゃなく、やらなきゃならないからやってるんだ」って考えられるだけでだいぶ楽になります。

 

エピクロスについて知ってから、仲のいい友達数人にすぐに話しちゃいました。倫理の教材片手に。定期的にエピクロスの会(通称 エピ会)」という集まりを空き教室で勝手に開いて、高校生なりに、自分たちが楽に生きる方法を話し合ったのもいい思い出です。

 

他の人は感覚的に自分の好きなようにやっているのかもしれません。

ただ、私にとってはそれが善とされるのかどうかが重要でした。

ですので、「有名な哲人が自分を受け入れてくれる思想を述べていて、それが倫理の教科書に載っている」

このことで、自分がやっと公に認められたような心地よさがありました。

 

無理やり今に絡めるとすると、大学でほんの少しだけ中国思想の勉強をしたことでしょうか。卒論は中国の性愛に関する風習(セクシーですよ)を魯迅がどう考えているかについて書いたので、思想に触れたのはほんの少しですが。「儒教より道教のほうが自分に合うな~」とか思ってたあたり、エピクロスの影響は受けてそう。

 

道教が合うなあといいつつ、儒教の風習について卒論を書かなきゃならなかったので、「いろんな思想にも、事情があるんだなあ」と考えることができるようになったのは良かった。先日、大学院の人に「人の考えを批判せずにまずは受け入れるよね」って言ってもらえて、めちゃくちゃうれしかったのですが、ここら辺の経験がもとになってそうです。

 

あと、教育関係の大学院にいたり、塾講師や非常勤講師をやっているので、勉強ができない子や大人しいけどチヤホヤされたい子の立場を推し量る癖ができたのは良かったです。みんなどうせなら褒められたいよね。実際、どこまでわかってあげられているのかはわかりませんが、なるべく意識を向けようとする癖はついています。

 

最後にちょろっと

エピクロスしゅき~~」

って話をしたとはいえ、ちゃんと高校の時にエピクロスの本を読んだわけでもなかったんですよね。教科書外のことをネットで調べてしょっちゅうニヤニヤしたりはしてましたが。

 

これを機に近々読もうかなと思ってAmazonでポチっちゃいます。

 

快楽主義の表層を知ることは、高校の狭い空間に適応できていなくてしんどかった自分には、有効でした。社会人だと通用しないかもだけど。快楽主義だけで世の中を渡っていけるとは思いませんが、考え方の1つにそういうものがあると知っておくのはアリなのかなって思います。

 

あと、あなたの推しの思想家がいたらTwitterとかで教えて下さい。知識が魯迅と中国のエロい風習に偏っていて無知なので勉強したいなーと思っているところなので、喜びます。