とりめも

東京のおいしいインドカレーの店を教えて

自転車が難しい

自転車が難しい。

 

一応乗れるのだけど、かなりふらつく。スピードを出すと自分がついていけないのだ。冷静な判断で曲がれる気がしない。人並みのスピードを出すと「死」を感じる。

 

結果、かなりゆっくり漕がなきゃならない。おばあちゃんに抜かれる。

 

大学の警備員に怒られたことがある。「自転車を早くこいでください」と。それ以来、自転車で通学するのはなるべくやめることにした。

 

地元にいたときは、母親の友達に心配された。「千鳥ちゃんの自転車、壊れてるからメンテナンスしてあげなさいよ。可哀想よ。」と。漕ぐのが遅いだけで、新品でした。

 

トロくて自転車のスピードについていけない意外にも理由があって。まばたきを忘れるのだ。「事故を起こしたら社会的に死ぬ」と気を張りながら自転車を漕ぐとまばたきにまで意識がいかない。結果、目が乾いて涙がとまらなくなる。むしろ、危険。

 

小学生男子が自転車で全力疾走する様子、「バカじゃん」って思ってたけど、彼らは私にはできないことをやっているから、優れているとも言える。危ないけど。

 

片手運転や両手放し運転なんて、曲芸か。できたことない。傘差し運転をやりたくてもできない人もいるんだぞ。雨に濡れながら漕ぐしかない運命。(傘差し運転はそもそもやってはいけない)

 

補助輪を外して自転車を乗れるようになるまではかなり苦労した。幼稚園のときに教えてもらった。転ぶたびに汚れるし、弟の方が上手だし、家で絵を描いていたい。「こんなのできなくてもよくない?」って気持ちだったけど、ゆるしてもらえなかった。

 

田舎では自転車は必須なのだ。友達と遊ぶのに自転車がないと不便、という状況が平気で存在する。諦めさせなかったのも、親の愛だ。結果、筋肉痛で歩けなくなって病院に行ったけど。自転車の練習で病院送り。

 

高校のときは、近所の友達が学校まで自転車で30分でつく距離を、わたしは45分かけて通学していた。朝の15分ロスはでかい。ゆっくり朝ごはんを食べれるし、単語を暗記すれば褒められる小テストの得点アップも見込める。

 

ただでさえ学校のある朝はどことなく憂鬱なのに、毎朝15分も長く自転車にまたぐなんて苦行やってられるか。明日は雨が降らないかなって毎日天気予報をチェックする日々。結局、親に頼み込んで、三年生にはバス通学にした。自転車が乗れなくてバス通学。

 

小学校二年生で自転車を新調した折、その自転車で近所の大型スーパーから家に帰らなきゃならなかった。成長を見越して選ばれた新しい自転車は大きくてこわい。グラグラ揺れながら田舎の広い道を漕いでいると、怒号が響き渡った。

「乗れないならトロトロ乗るんじゃねえ!」

小学校の野球クラブの監督だ。自転車で、ユニフォームの男の子たちを引き連れていた。たしか、地域の野球うまいおっさんが顧問をしていたはず。

 

おっさんは、わたしの母親が謝り倒しているのを見て、バツが悪そうに去っていった。親がいるのに気づかなかったんだろうなあ。

 

「誰とも事故を起こしていないのに、なんで怒られなきゃならないんだろう」小学校二年生の自分にはわからなかった。

 

今ならおっさんの言い分に100パーセント同意する。それに、自転車が遅くて親を謝らせるなんて、罪深い……。

 

わたしは自転車に乗らないほうがいいし、乗らなくてもいい。努力はした。そもそも、漕ぐのが異常に遅いから、歩くのとさほどスピードが変わらない説もある。

 

世の中には自転車に乗っちゃいけない人間がいる。それがわたしだ。