とりめも

東京のおいしいインドカレーの店を教えて

初めて学校をサボった日

大学くらいまで、私は協調性がまるでなく皆で協力することが苦痛でしかなかった。

 

あと、自分のペースを崩されると悲しくなるし、人と競争を極力したくない性格もこの苦痛に拍車をかけていた。これは、今も割とそう。就活のときの性格検査で人と競争する事に関する項目が10段階中の1か2しかなくて、異常者扱いされた。知らんわ。

 

そんな私の苦手なものが「みんなで切磋琢磨する空間」だ。競争しつつ、高め合う。わけわかんなくない?競争して相手より勝れば「ざまあみろ」って気持ちは少しはわくだろうし、負けちゃえば「ムカつく」って思うのが自然な人間ではないのか。

 

そんな状況で相手を尊重して高め合う……???そんなことできちゃうの?私はそこまで徳が高くないので無理だ。スポーツマンシップの欠片もない。だからしんどい。

 

そのため、大学時代は教員採用試験の対策講座を継続して出席する事ができなかった。入室したときにみんなが仲良く話してるのを見て「こんなに和やかでも1年後の採用試験では、こいつを蹴落としたいって思うんだろうな」って考えると具合が悪くなってしまい、2つ目の講義の途中でふらふらと退室し、本屋に対策本を買いに行った。受験は1人じゃないと無理だ。

 

これと同様の理由で、教員採用試験の自主ゼミ(模擬授業を見せ合ったりする)も3回くらいしか足を運べなかったし、漢文の勉強会も続かなかった。私には「みんなで勉強」ができぬのだ。

 

みんなで勉強 をしんどいと感じたのが、高校生の時だった。地方の半端な進学校に通っており、その雰囲気と言えば、ベネッセの社員が講演に来て「予習・授業・復習」の黄金サイクルを説いてくれるような典型的な感じだった。

 

そうなってくると、飛び交うワードが「文武両道」と「受験は団体戦」。大人になってみればしゃらくせえなって思うが、素直な子が多い進学校故、誰もがこれを崇拝していた。

 

前者に関しては、やる気のない部活に入れば回避できる。実際、回避できた。

 

問題は後者だ。私は大学受験をするつもりだったので避けられない。それ故、夏休みや冬休みには、学校で行われるほぼ強制参加の講習会だとかに参加させられる。

 

一度嫌すぎて参加を拒否したら三者面談で怒られたことがある。講習に出ないことは、面談で言うほど悪いことなのか……??

 

さて、質より量を求めがちな進学校、朝の10時くらいから講習が始まり、フルでコマを入れると(だいたいの生徒はいれる)、なんだかんだで夕方の5時から7時くらいまで拘束される。受講者の私は当然しんどい。あと、学校の先生を酷使しないであげてほしい。

 

また、講習だと普段の授業とは異なる空気感だ。「みんなで○○の単元をできるようになろう」なんて雰囲気を学校の先生が作ろうとする。参加している生徒の中には、お互いの志望校や大学での夢を話し合ったりしている者もいる。「私は医学部に行って医者になりたいの!」と初対面の子に話しかけられたこともある。

 

この空間が無理だった。

 

夢を見せつけないでくれ。夢を意識させないでくれ。

 

私は怠惰なので「今の能力でラクして入れる大学で誰の役にも立たない学問をやりたい」と真剣に考えていた。(そして事実、大学で学んだ中国思想を世の中のためになるように還元したことはない)そんな人間なので、場違いなのではないかと心配になってきて落ち着かないし、帰りたくなる。

 

しかしながら、クソ真面目な学生だったので、「みんなが通ってる講習会に行かないと、休み明けには私だけ置いてかれるかも」なんて焦って毎年渋々参加していた。勉強ができない学生だった割に見栄だけはあるのだ。クラスでは地味な千鳥さんなのに、今よりももっと勉強もできなかったら救いようがないじゃないか。それに先生に怒られるかもしれない。

 

私は、李徴よりも臆病な自尊心と尊大な羞恥心を持っているので、わざとレベルの低い基礎の講習に参加して自分よりできない子をみて安心するのが常であった。こじらせて、虎になりそう。

 

だが、ある日急に糸が切れたようにどうでもよくなった。高校3年の夏休みの講習だった。

 

理由は天気が良かったから。

 

学校の最寄のバス停で降車したあと、日差しが眩しく、また、心地よく感じられた事が忘れられない。北海道・旭川市の夏は湿気がなくカラッとしていて気分が良い。

 

突然「こんな日に篭って勉強しているなんてバカじゃない?」という考えが頭をよぎった。そうすると、学校に行く気が一気になくなった。

 

学校に行かなきゃ怒られるという不安とサボる方法のわからなさもあって、多少は葛藤したのだが、しんどすぎて無理だった。それに、最後の高校生の夏休みだ。地味な千鳥さんだって、夏休みらしいことをしたい。

 

そんなわけで、地元の旭川の街を探索することにした。といっても、小心者の私にやれることといえば、行ったこともない街の図書館でちょっと勉強し、書道用品店をハシゴして篆刻の石を買い込むくらいだ。

 

でも、あの時の探索で見た印象派展のポスターとよくわからない石像は忘れられない。

 

「初めてサボってしまった。でも、やってやった」という満足感と「無断で休んで学校の先生に怒られるかな」という不安と休んでしまった罪悪感が入り混じり、心から楽しむことはできなかった。結局、2,3時間だけ徘徊して学校に戻った。

 

お昼時だったので、背徳感を胸に秘め、しれっと談話室でコンビニで買ったパンを齧ってた。どうせ散策するなら行ったことのないレストランとかに行けば良かったのにね。

 

この日はこれ以上講習に出ることなく、水泳の補習に出た。プールを出たあと、直射日光がみるみると髪を乾かしていく。夏だ。アイスを食べたい。腕に顔を近づけると塩素臭。快晴。

 

あと、後日、学校の先生に怒られることはなかった。私1人が講習をサボっても、誰も困らないのだ。私が休んでも学校はいつも通り運営されている。

 

これ以降、授業をサボることに罪悪感がなくなったと思う。受験ムードの学校がしんどくて、保健室で寝てたり模試を途中で帰ったりしてしまっていた。

 

高校生までって、毎日学校に行くのが当たり前でしんどい人もいると思う。でも、ちょっとなら休んでも勉強から遅れることもない。それに、みんなで勉強するのがしんどいなら同じ範囲を別の時間でやれば良い。

 

少ししんどいなら、本格的に行けなくなる前にちょっと休んじゃうのもインフルエンザの予防接種的な感じで必要な処置だと思う。大人だってリモート勤務するんだから、子どももやりたいよね。

 

だから、たまにならサボってもいいんじゃないだろうか。出席日数足りなくなるとか、人に迷惑をかけるような感じだと困っちゃうかもしれないが、学生時代のサボりは今しかできないぞ。

 

別にいじめられていたわけでも、先生に嫌われてたわけでもなかったが、進学校が嫌で、毎日どことなく鬱屈としていた。そして、いじめられてないから学校をサボっちゃいけないと思い込んでいた。でも、実際、少し休んだら気分も良くなるし、まあ、深刻な理由なく休んでもいいんじゃないの。

 

そういえば、自分が拙くも、1年だけ小学校の書写の授業で教鞭をとった時も、なるべく競争させない授業にしてしまっていたなあ。誰と比べてうまいとか考えさせたくなくて。自分のペースで上達すれば幸せだなあと思って。でも、実に個人主義的だったので反省点でもあるが。性格が出てしまうね。

 

さて、他の人の初めて学校をサボったエピソードも知りたい。良かったら教えてください。