とりめも

東京のおいしいインドカレーの店を教えて

初めて「先生」についてのエッセイぽい記事を書いたよ

先日、ダメです.という新しくできたメディアで記事を書かせていただきました。

学校の当たり前に「適応」できない先生だった話 - ダメです. - もうダメな人のためのWEBメディア

 

学校の先生や教育実習生をやってたときに、「学校ってきっちりしててしんどい〜〜!」「子供たちみんな偉い〜〜!」って感じたのを記事化させていただきました。

 

よければ読んでください。喜びます!

 

で、いつもは記事執筆についてはあまりブログにしないのですが書いちゃいます。「先生」や「学校」そのものに関する自分の意見をネット記事にしたのは初めてかもなあ と思いまして。

 

過去に学校を舞台にした作品の紹介記事を書かせてもらったことはあるのですが、今回はそれとは少し雰囲気が異なるものとなりました。完全に自分の思想をむき出しにするわけですので。なので、記念にちょっとメモ的な感想を残そうと思いまして。

 

さて、

 

普段、小学校の先生を少しやってただの、教育学を勉強してただの、ブログやツイッターに軽率に書きまくってるのですが、なんとなく「これは気をつけておきたいな」と思ってることがあります。

 

個人の感想と学校批判の区別をつける

 

これです。

 

日々、学校に関するネット記事やツイート見ると、とにかく「学校は悪」って方向に持っていきがちな気がするのです。

 

まあ、「学校大好き!」よりは説教臭くないしウケが良さそうですよね。だいたいの人が学校に嫌いな先生が1人はいるでしょうし、共感もされやすいことでしょう。

 

私自身も学校とは相性が悪い方でした。

 

ただ、それは学校が全部悪いのか。

果たしてそうなのか。

 

いや、そうでもない気もしてくるのです。私個人の経験が学校全般を語るに足るものなのかと……。

 

今回記事で中心的に扱った「学校行事」でも、それが忘れられない一生の良い思い出や集団での振る舞い方の勉強になる人も多いはずなんです。

 

ただ、それが私には合わなかった。

そう、それだけなんじゃないか、と。

 

例えば、世の中には優秀とされる教育方法がいくつもありますが、それらが全員に効果があるわけじゃありませんよね。個人の嗜好や性格の傾向に左右されることでしょう。

 

せっかく先生をやったのだから、そこらへんは切り分けたい。

 

そこで、今回の記事では

「学校行事は嫌い」だから「学校行事がある学校はクソ」

だとか

「学校のきまりはしんどい」だから「学校は悪」

みたいな構図にならないことを意識しました。

 

もちろん学校にも問題点は色々あるわけで、それを批判していくのは悪いことではないと思います。ただ、個人の感情とは切り離して批判するべきだと考えるのです。

 

自分が不快な思いをしたからそのシステムは悪なのかというと、必ずしもそうではないはずなのです。故に、一歩立ち止まり、冷静に考えるべきではないかと。

 

とはいえ、私も教育実習で担任から受けたパワハラが許せなくて今でもしょっちゅう話題に出してしまいます。時にはいっそ教育実習自体を批判したくなる時もあります。

 

しかし、落ち着いてよく考えると、すぐに批判できるのはパワハラ担任やそれを許した他の教職員なのです。通常は担当教諭全員がパワハラをするわけではありませんよね。私の場合が特殊で不運だったかもしれないのです。(実際のところのパワハラ発生率などは知りませんが……!)

 

つまり、自分がパワハラを受けたことを根拠に、教育実習や学校という大きな物を相手にして「悪」と言い張るのはさすがに論理が破綻してるかな、と思うのです。担当教諭からのパワハラを理由に教育実習全体を批判するには、教育実習でのパワハラの割合だとかなんかそんな感じのデータがないとちょっと厳しそうですよね。まあ、気持ちはわかるんですけどね。

 

あとは、批判するにしても何を批判しているのか細かく考えようかな、と。

例えば、

「学校は悪」「教師は悪」

なんて大きく批判する話をよく聞きます。

 

これ、厳密に言えば、「自分が通ってた学校は悪」「自分の四年生の時の担任が悪」とかそういう話ではないですか?

 

そんな風に、私は逐一質問したくなるのです。

 

批判するのは悪いことではないですし、適切な批判もたくさんあることでしょう。しかしながら、「理由をつけて批判したいだけでは?」って感じる場合もあります。

 

特に教員って職業はこのご時世何かと批判されやすい。1人が問題を起こしたら何故か他の真面目な先生方まで「先生」で括られて批判されてしまう。いやいや、それはおかしいだろう。特殊な例を一般化してモノを語るのは健康的ではない……。

 

それに、是非はともかく批判されることで傷つく人がいますよね。なので、何かを批判する場合にはなるべく対象を明確にしたいなあ、というのが私の考えです。別にこの世の中の全員がそうするべきだとも思いませんし、他人にそうしろとも言いません。ただ、私はなるべくそうしていきたいな、と(なのでこれに関する批判はあまり受け付けたくない)。それだけの話です。

 

そんなことを考えつつ、今回は「学校ってしんどいこともあるよね〜。でも、うまくやっていきたいですね〜。あと、子どもの頃のみんな偉いよね。」といったゆるゆるしたやや傲慢な主張をさせていただきました。

 

真面目な方には「真剣に学校のあり方について考えろ」と怒られちゃうかもしれないのですが、仕方ないですね。

 

個人的には、そういうのは論文か真面目な教育メディアで文献を引っさげて何ヶ月も用意して書きたい。

 

飲酒後で眠たくて、支離滅裂ですみません。ここらへんでやめます。

 

とにかく、今回の記事は(まだまだ文章が未熟なのですが)、今書ける書きたいことを、今ある書ける力で書けて嬉しく思います。

 

読んでくださった方はありがとうございます。

 

ダメです.ってサイト名が現状は検索でヒットしにくいので、もう一度貼ります……!

学校の当たり前に「適応」できない先生だった話 - ダメです. - もうダメな人のためのWEBメディア

 

他の方の記事がなんかもうすごいのでそちらも読んでください!ダメな自分を承認してくれる素敵なメディアです。

 

ではでは。