とりめも

東京のおいしいインドカレーの店を教えて

牧場物語の世界で恋愛がしたいんだ!語るぞ!

友人(女)2人と私で唐突にラインで通話を始めたり、チャットに各々好きな時間に書き込むことがある。

 

20代に慣れてきた女が3人集まるものだからだいたい恋愛の話になるのだが、誰かがどうしようもならなく詰んだ恋愛話を披露している時に、何度も私たちは理想と幻想を語らう。

 

牧場物語だったら良かったのにね」

 

結局、何も解決してはいないのだが、牧場物語の恋愛システムは話題にするだけで気分転換になる。そう、大変に都合がいいのである。叶わないとわかっていても羨望の声を漏らしてしまうのだ。あの世界の住民になりたい。

 

この牧場物語ユートピアとする恋愛論、私が高校生くらいから羨ましく感じていることでもある。そして、大学生の時に初めて人前で口に出した。これが、思いの外、知人に共感してもらえた。だから、書く。

 

牧場物語とは

 ちょうどいいマーベラス社公式の動画があったので引用する。私たちの女子会では、だいたい『牧場物語 ~ミネラルタウンのなかまたち for ガール』シリーズの話になる。

 

牧場物語 ミネラルタウンのなかまたちforガール

牧場物語 ミネラルタウンのなかまたちforガール

 

 

 

『牧場物語 ~ミネラルタウンのなかまたち for ガール』公式プレイ動画 - YouTube

 

 別にこのタイトルじゃなくとも、牧場物語シリーズはだいたい基本的なゲームシステムは同じはずである。(恐らく) 

 

私たちが贔屓にしているミネラルタウンシリーズでは、

突然なぜか主人公が牧場を経営する境遇になり、それを受け入れて、料理や家畜の世話や作物の育成を楽しむという内容になっている。

 

また、街に住む異性と恋愛をすることもできる。ここが楽しい。

 

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(公式サイト牧場物語 ~ミネラルタウンのなかまたち for ガール|牧場物語シリーズ公式サイトより。)

この5人の中から恋愛する相手を選べる。迷うよね〜〜。小学生の私は「攻略が比較的楽」という理由だけで、眼鏡のリックというキャラを選んだ。もっと悩めよ〜〜。

 

原作が続いてる恋愛アニメの中途半端な終わり方のような「みんな大好き!仲良し!めでたしめでたし」といった感じにはならない。結婚をしたいのなら、5人くらいいる候補のうち誰か1人を選ばなくてはならぬのだ。これが、実に悩ましい(けど嬉しい)のだ。ビアンカとフローラより選択肢がある。

 

恋愛要素を楽しむ人にとっては、クリーンな恋愛シュミレーションゲームといった感じだろうか。別に結婚をしなくとも牧場物語を楽しむことができるが、した方が色んなイベントを楽しむことができたりする仕組みにはなっている。

 

牧場物語の恋愛

プレイヤーは急にイケメンぞろいの街に牧場経営者として居住することになる。

 

不純異性交遊が盛んな街に一歩踏み出すと、トキメクイベントが立て続けに発生する。好きな男の子と結婚するには、恋愛イベントをクリアせねばならない。

 

イベントが起こるには天気や時間、親愛度などの一定の条件を満たさねばならず、まあまあ面倒臭い。でも、それが良い。

 

意中の男性との関係を前進させるには、イベント以外に日常的に媚びを売ることが大事だ。うかうかしているとライバルキャラに先を越されるので、好きなアクセサリーや食べ物をプレゼントして好感度を上げていかなければならない。

 

牧場物語の恋愛の良いところ

 ①好感度が可視化される

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(公式サイト牧場物語 ~ミネラルタウンのなかまたち for ガール|牧場物語シリーズ公式サイトより)

これが一番羨ましい!!!

結局女3人集まって恋愛話をしても「相手が何を考えているのかよくわからない」ところでみんな詰んでいるんですよ。

 

でも、牧場物語は違う。

 

初対面の時は黒くて小さいハートが表示されるのに、段々段々ハートが色づき、大きくなっていく。

 

このゲームのいいところは、勘違い野郎にならない所ですね。プロポーズしようとしても、脈なしならすぐにわかるんですよ。恥をかかなくて良い。武者小路実篤の小説の登場人物もこのシステムの中で生きられれば楽だったことだろう。

 

 ②貢いだ分だけ報われる

 

キャラの好感度が上がる理由は、概ね、日々の会話と貢物だ。

 

嫌いなものをプレゼントしない限り、貢いだ分だけ意中の彼は笑顔でいてくれる。

 

憧れの推しは、金をかけた分だけ振り向いてくれるのだ。しかも、優しい言葉をかけてくれる。

 

は?このゲームは最高か???

 

つまり、最高では???

この御時世、勘違いでつきまとうことにはリスクがある。

 

すぐにSNSで広まり、場合によっては通報されることもある。ハラスメントになることもあるだろう。

 

私も気のない人につきまとわれたことがあるが、キチンと黒のハートを示すべきだった。

 

逆もあって、相手が私に興味なんかないのに勝手に脈アリだと思ってたこともある。

 

虚しい。

 

それが恋愛の駆け引きなのかもしれないが、人間の生には限界があるのだ。人によっては片思いに気づかず何年もかけることがあるだろう。無駄とは言わないが、コスパが悪い。

 

どうか、IT技術をどうにかこういう所に使ってほしい。接客業向けの笑顔認識装置より、牧場物語を参考に脈アリかどうかを判断する機械を作ってくれ。頼む〜〜!

 

あと、とにかく、牧場物語は最高なのでやってみてください。トキメキがとまらないはずです。ミネラルタウンシリーズなら、男の子が主人公のやつを買って、好きな女の子を選ぶのも楽しいよ!

 

引用ページ

牧場物語シリーズ公式サイト牧場物語 ~ミネラルタウンのなかまたち for ガール|牧場物語シリーズ公式サイト

 

 

 

2018上半期にいったカレーとビリヤニ紹介

2018上半期でよかったインドカレー屋さんのまとめ。スマホの容量がなさすぎて画像を消すので。

 

新宿中村屋

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ドラマの中のレストランみたい。昔の演出っぽい、電車のおもちゃで遊んでる坊ちゃん刈りの子どもがいて感動した。

 

ピクルスがうまいよ〜〜。

 

サッカール

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森下駅のレディースセット。本当はヨーグルトも付いてくるみたいだけど一枚目の写真の時は忘れちゃったみたい。まあ、多いからオッケー。チーズナンもおいしいよ〜〜。普通のナンは甘みがあるしでかい。

 

シディーク

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人形町。この店はカレーセットが圧倒的に量が多くてお得です。バターチキンカレーは甘みがと深みがあって美味しかった。レディースセットのマンゴーヨーグルトもおいしい。

チキンビリヤニはその日によってポテンシャルが違う。肉が大きくて嬉しいし、あまり辛くなくて食べやすいよ。

 

アールティ

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アキバのインドカレー屋さん。ビリヤニセットは提供の日にちに限りがあるはず。

いろんなスパイスの味がしてからい。量が多くてサービスがすごいね。

忙しい時間だったからか、自由に選べるはずのドリンクセットが強制的にラッシー1択にされてた。おいしいからオッケー。

 

ムンバイ 

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この店はビリヤニもカレーもおすすめ。

カレーはランチタイムだとナンとライスがお代わりし放題。最高か??

あと、ラッシーのチケットくれるから毎回ラッシーを無料で飲めます。

ビリヤニは結構量が多い。肉がとても大きくて嬉しい。結構辛めで、口が熱くなる。ふわふわのインドのお米だよ。

 

ブリタ

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銀座。夜はワインバーの店。昼はランチをやってて、銀座なのに良心的な値段。750円。

味噌汁とカレーは実家っぽさあって素晴らしいよねえ。ピリ辛。

 

他にもまだまだあるけどこの辺で!下半期もたくさん食べよう。🍛🍛🍛

元父が教員であるということ

今週のお題「おとうさん」

 

我が家は母子家庭だ。4年生か5年生の時に両親が離婚した。原因は父にあるのだが、それはまあよい。

 

父は実家のある北海道の公立中学校で教諭をしている。

そう、父は先生だった。

 

そして、私も先生を目指した時期があったのでよく分かるが、先生というのは人の記憶に残る職業だ。数多くの人の生きる支えになるし、生涯にわたって恨まれることもあるし、思い出深い学校生活のエッセンスとなることもある。

 

だって、みんなTwitterで昔の先生の話をするでしょ。大人になってSNSに書きたくなるほど記憶に残る職業なのだ。その思い出が良いか悪いかはおいておいて、人の一生に大きくかかわる仕事なのである。

 

――

 

先生の子どもであったことで、嫌だったことが1つある。

 

それは、色々な人が父の思い出を語ることだ。

 

ついこの間4月の話。会社の研修で同じグループ会社の人と活動する機会があった。互いに初めましてということで自己紹介をするのだが、同郷の男の子がいた。

 

おやおや??????

 

「出身は?」

旭川市

「高校は?」

「〇×高校」

なんて感じにお互いに驚きながら、班の他のメンバーを置いてきぼりにして出自を確認していったのだが、出身中学校までさかのぼると聞き覚えのある学校名が飛び出した。

 

父のかつての勤務校だ。

 

「花田大貴(仮名)って知ってる??うちの父なんだけど」と尋ねると

「あーーー!!!!」と彼は大声をあげた。道端で久々に出会った友人に声をかけるように。

 

「花ちゃんの娘なの!!!!!!確かに顔似てる!!!!!俺、サッカー部だったんだよ!!!!うわー懐かしーー!!適当でいい感じの先生だったなー!!!!」

 

あ。

 

そっか、懐かしい思い出の人なんだな。不思議な気持ちだった。

 

うまく言えないけど、面白いコンテンツになってしまったような気分だった。彼は、同窓会だったり同じ部活の友人に会うことがあれば「花ちゃんの娘に会った!!」と自慢するかもしれない。

 

先生というのは普通の人でいられないのかもしれないな、と感じた。

 

よく考えたら、小さいときも父と出かけると教え子と出会うことがあった。教え子のお兄さんお姉さん(といっても中学生)は面白いものを見たようにニコニコしていた。先生の子どもや奥さんって普段見られないものね。

 

父と別れて10年以上たってから、尋常じゃない精神がないと続けられない職なのだなと実感させられた。

 

唐突だが、私は一人でご飯を食べたいときなるべく近所の店に行かないようにする癖がある。それは油断している時に知り合いと会いたくないからだ。先生になっていたら、困り果ててしまっていただろう。

 

――

 

あと、もう一つ似たような話がある。

 

教育実習だ。

 

私の実習先は地元であったので、父のことを知っている人が多かった。

 

地元の北海道の中学校教員はだいたい6年に1度転勤となる。転勤する地域はそこまで遠方ではなく、大体の場合は北海道を何個かのブロックに区切った中での転勤となる。

 

父は、私が教育実習に行ったときには勤続30年くらいだったはずなので、5か所くらいで勤務をしていることになる。また、中学校や高校の先生だと、地域の部活の大会で何度も他の先生と顔を合わせることもある。サッカー部を長年顧問していた父は、地元のサッカー部顧問界隈では顔を覚えられている存在であった。

 

そんなこともあってか、私が担当した第一学年の半分以上の先生が父のことを知っていた。

 

狭い地域性であることもあって、教育実習生歓迎の飲み会で、そこらへんを突っ込まれる。私も、「父のことを知ることができるかも」というたくらみがあったので、想定内であるのだ。

 

「お父さんに似て顔がワイルドだね」

「お父さんと何年会ってないの?」

「お父さんと同じ勤務地だったことあるよー。かっこいいよね」

 

なんて質問を受ける。気がつくと、私の歓迎会なのに、私の話じゃなくて父の話をさせられていた。さすがに「勘弁してくれ」という感情が芽生えた事ははっきり覚えている。

 

10年以上会っていないから父の記憶はあまりない。

 

とにかく濃い顔で、目がくぼんでいて、彫刻のような顔だった印象はある。あと、身長が180センチくらいで高い。煙草を吸うし、あまり風呂に入らないから、いつも臭い。衛生面がいい加減なので、当時私が飼っていたセキセイインコの糞を頭につけて通勤してしまってたこともあった。なんか、いつもグレーのくそダサいトレーナーと黒いジャージを着ていた。勤務後はパチンコ店に寄るので帰りが遅い。そのため、朝に5分くらい会うだけの印象。お正月とお盆は学校がないので家にいるからうれしかった記憶。離婚が決まってからはよく遊んでくれた。小学生の私を勤務先の中学校に連れてってくれた。美術部が描いたパワーパフガールズの絵が上手だった。体育館でサッカーのリフティングを教えてもらったがまるでできないし疲れるしつまらなかった。中学生のお兄さんが遊んでくれたこともあったけど、サッカーの楽しみ方はよくわからなかった。この頃は習い事が終わると父が家にいることも増えた。水泳教室から帰ると、スカパーで放送中だったドラゴンボールを暗い部屋で父が1人で見ていることがあって、哀愁もあって薄ら怖かった。

 

多分今はそのどれとも違うんだろな。

 

10年も経つと、よくわからないのだ。

 

私が知らない身内の話をいろんな人が話してくれる。初めての経験でしんどくなった。

 

「やっぱりお父さんが先生だから先生を目指したの?」

なんて質問も至極真っ当だ。実際はそんなことはないのだが、そうなのかもしれない気してくる。

 

酒の酔いもあってよくわからなくて、脳が処理しきれなかったころに

「お父さんのことは好きなの??」

という質問が飛んできた。

 

よくわからない。

 

隙も嫌いも、覚えていないので、何の感情もない。別に恨んでもいないし、恋しいわけでもない。無、なのだ。あと実習は2週間残っている。

 

「嫌いではないです。」

 

私が精いっぱい頭を使って答えたなるべく嘘のない返答だった。

 

「そう!嫌いじゃないのね!」

 

先生たちはほっとしていたようだった。父のことは私はもうどうでもいいのに、他人がこんなに気にしてくれているなんて、とても面白く感じられた。でも、どっと疲れた。

 

――

 

私は父と断絶された生き方をしているわけだし、今後もそれでよいのだが、誰かにとっては父がかけがえのない人になっているのかもしれない。そこまでいかなくとも、父は誰かにとっては気になる人として生きているのかもしれないし、それなりに誰かの思い出になっているのかもしれない。

 

教員の娘だったからこそ体験することができた。

 

父の日は一度も祝ったことがないけれども、どうかお元気でいてくれるといいですね。顔だけは似てるとよく父を知っている人に言われるので、似てるのでしょう。それはよかった。

 

あと、あと、母から聞いた「職員室で給食が足りないからかつ丼かなんか出前を注文して怒られた話」は本当ですか。この話めっちゃ好き。「へー学校の先生ってそんなことやってもクビにならないくらいゆるふわなんだな」って舐めきった態度で教員免許を取得して教員採用試験を受けました。最近分かったけど、学校の先生は、職員室に出前を頼まない。

 

 

はい、では、さようなら。

自意識・SNS・陳腐なマウント

本日も自意識が最高潮に高まる午前一時。外に出れば「自意識過剰でやーね」なんて他人の陰口を叩くものの、そう発する本人こそ「自意識過剰だと思われているのではと気にする自意識」に支配されているものである。人間である限り自意識からは解放されないのではあるまいか。

 

ところで、自意識を定義することは難しそうだ。ここでは、自分自身に対する関心くらいの意味で使っていく。細かいことは気にしないでいただきたく願う。

 

私は自身を大切にしている方であると自己評価をする。このように書いている時点で、ここまで読んでくれた読者に「こいつ本当に自分のことが好きだな」なんて思われることを想定しているわけだ。姑息な自意識である。

 

私のSNSの投稿は保険だらけだ。あらゆるところに、炎上しない・叩かれないための保険のエッセンスがまき散らされている。

 

まず、SNSなんかでは極力面倒になりそうな議論は避けるようにしている。「あ、面倒になりそうだな」って空気を感じると「そうですよね~~」「たしかに、それもありそうです」なんて言葉を濁して適当にいなす(なんでもありの精神でいると安パイである。ただし、不倫に関する話題でその思想を持ち込むとなぜか叩かれる)。

 

ポーカーでいう「降りる」というやつだろうか。相手との議論に勝ててはいないが、負けてもいない。釈然としない社交辞令のみがSNSの海に無限に生成されていく。実に不毛、である。誠実さなどない。

 

ただ、時々どうしても一言何か言いたくなる場面もある。私の場合、教育関係の話と偏狭すぎる思想の話である。後者は面倒くさくなりそうだから置いておいて、前者に関しては、自分が教育関係の大学院を出ているだの教員採用試験に受かったことがあるだのというちっぽけなプライドに由来する。SNSで教育に関心の高い人たちが、学校教育に関して身勝手な物言いをしているものが拡散されていると、ついつい「ウケる」と言いたくなるのだ。(具体的な事例は書かない。すぐサーチできるから。)

 

教育問題は何故かとかく感情と当人の感覚で語られがちだ。

 

しんどくなるからあまり見ないようにしている。

 

「え?昔と今じゃこんなに違うけど?どの時代のどこの国の話してます????」とか思っちゃう。(私の見解も間違っている可能性は大いにあるのだが。)最近の言葉でいうとマウントになるのかもしれない。本当に良くない。教育学も学問として確立されているわけだし、「感情」のみで壮大な日本の教育を語りだす人が持ち上げられているとついついガン見してしまうのだ。次第にそういう人は、自分の経験した特殊な教育から世の中一般を語りだす。そうすると、付け焼き刃のつたない知識を武器に私はマウントをとりたくなるのだ。その気持ちもわかってほしい。こんなものわからんくていい。

 

唐突だが、「君の手がささやいている」という難聴のお母さんが出てくる漫画がある。作中では、勉強が救いようがないほどできない一人娘の千鶴が塾に通いだすのだが、「自分よりバカな子がいた」と喜ぶシーンがある。すると、母親のミエコは驚愕して「そんなことを言わせるために塾に通わせたんじゃない、塾辞めよう」なんて言い出す(セリフはうろ覚え)。それと同じだ。SNSの不勉強な自称教育家と張り合うために修士を出たんじゃない。そんなことはわかっているのに。私の頭には千鶴が何年もいる。

 

文字に起こした時点で面倒だ。

 

そんなわけで、基本的には他人と教育の話はしないようにしている。初対面の人に政治と宗教の話がタブーみたいな感じ。多少教育に足を突っ込んだ人間の嫌なところが出てしまい、面倒を引き起こしてしまう予感がするのだ。いや、引き起こしたこともあると思う。

 

だが、どうしても物申したい夜もある。

 

人間だから。

 

そういう時には、「違うかもだけど」「偏見かもだけど」なんて稚拙な枕詞をつけて、防弾ジョッキを身にまとった気になっている。叩かれても「だって、偏見かもって書いてるじゃ~~~ん!!!」って言えるから。万が一の保身保身保身。「嗚呼ッ、性格が悪い」なんて思いながらも、どうしても言いたくなる場面があるのだ。そんな陳腐な保身をしても、実際のところ、他人は別にそこまで私の投稿に目を光らせていないのにね。

 

また、あらゆるSNSの投稿ボタンを押した直後に「もしかしてこれフォロワーの〇〇さんの気に障るかな。面倒なことになるかな」なんて自意識が発動し、即座に削除をすることが日々何度もある。私の投稿は生き物だ。どうせたいしたこと呟いてないのに。何度でもいうが、他人は、私のつぶやきにそんなに関心がない。

 

ここまで書いて「反省しています。これからの私はこのように変わっていきます。一つに……」なんて、今後の目標を表明していけば実に生きやすいのだが、そんなことする気も起きない。磨き上げられた自意識がこびりついているから。

初めて学校をサボった日

大学くらいまで、私は協調性がまるでなく皆で協力することが苦痛でしかなかった。

 

あと、自分のペースを崩されると悲しくなるし、人と競争を極力したくない性格もこの苦痛に拍車をかけていた。これは、今も割とそう。就活のときの性格検査で人と競争する事に関する項目が10段階中の1か2しかなくて、異常者扱いされた。知らんわ。

 

そんな私の苦手なものが「みんなで切磋琢磨する空間」だ。競争しつつ、高め合う。わけわかんなくない?競争して相手より勝れば「ざまあみろ」って気持ちは少しはわくだろうし、負けちゃえば「ムカつく」って思うのが自然な人間ではないのか。

 

そんな状況で相手を尊重して高め合う……???そんなことできちゃうの?私はそこまで徳が高くないので無理だ。スポーツマンシップの欠片もない。だからしんどい。

 

そのため、大学時代は教員採用試験の対策講座を継続して出席する事ができなかった。入室したときにみんなが仲良く話してるのを見て「こんなに和やかでも1年後の採用試験では、こいつを蹴落としたいって思うんだろうな」って考えると具合が悪くなってしまい、2つ目の講義の途中でふらふらと退室し、本屋に対策本を買いに行った。受験は1人じゃないと無理だ。

 

これと同様の理由で、教員採用試験の自主ゼミ(模擬授業を見せ合ったりする)も3回くらいしか足を運べなかったし、漢文の勉強会も続かなかった。私には「みんなで勉強」ができぬのだ。

 

みんなで勉強 をしんどいと感じたのが、高校生の時だった。地方の半端な進学校に通っており、その雰囲気と言えば、ベネッセの社員が講演に来て「予習・授業・復習」の黄金サイクルを説いてくれるような典型的な感じだった。

 

そうなってくると、飛び交うワードが「文武両道」と「受験は団体戦」。大人になってみればしゃらくせえなって思うが、素直な子が多い進学校故、誰もがこれを崇拝していた。

 

前者に関しては、やる気のない部活に入れば回避できる。実際、回避できた。

 

問題は後者だ。私は大学受験をするつもりだったので避けられない。それ故、夏休みや冬休みには、学校で行われるほぼ強制参加の講習会だとかに参加させられる。

 

一度嫌すぎて参加を拒否したら三者面談で怒られたことがある。講習に出ないことは、面談で言うほど悪いことなのか……??

 

さて、質より量を求めがちな進学校、朝の10時くらいから講習が始まり、フルでコマを入れると(だいたいの生徒はいれる)、なんだかんだで夕方の5時から7時くらいまで拘束される。受講者の私は当然しんどい。あと、学校の先生を酷使しないであげてほしい。

 

また、講習だと普段の授業とは異なる空気感だ。「みんなで○○の単元をできるようになろう」なんて雰囲気を学校の先生が作ろうとする。参加している生徒の中には、お互いの志望校や大学での夢を話し合ったりしている者もいる。「私は医学部に行って医者になりたいの!」と初対面の子に話しかけられたこともある。

 

この空間が無理だった。

 

夢を見せつけないでくれ。夢を意識させないでくれ。

 

私は怠惰なので「今の能力でラクして入れる大学で誰の役にも立たない学問をやりたい」と真剣に考えていた。(そして事実、大学で学んだ中国思想を世の中のためになるように還元したことはない)そんな人間なので、場違いなのではないかと心配になってきて落ち着かないし、帰りたくなる。

 

しかしながら、クソ真面目な学生だったので、「みんなが通ってる講習会に行かないと、休み明けには私だけ置いてかれるかも」なんて焦って毎年渋々参加していた。勉強ができない学生だった割に見栄だけはあるのだ。クラスでは地味な千鳥さんなのに、今よりももっと勉強もできなかったら救いようがないじゃないか。それに先生に怒られるかもしれない。

 

私は、李徴よりも臆病な自尊心と尊大な羞恥心を持っているので、わざとレベルの低い基礎の講習に参加して自分よりできない子をみて安心するのが常であった。こじらせて、虎になりそう。

 

だが、ある日急に糸が切れたようにどうでもよくなった。高校3年の夏休みの講習だった。

 

理由は天気が良かったから。

 

学校の最寄のバス停で降車したあと、日差しが眩しく、また、心地よく感じられた事が忘れられない。北海道・旭川市の夏は湿気がなくカラッとしていて気分が良い。

 

突然「こんな日に篭って勉強しているなんてバカじゃない?」という考えが頭をよぎった。そうすると、学校に行く気が一気になくなった。

 

学校に行かなきゃ怒られるという不安とサボる方法のわからなさもあって、多少は葛藤したのだが、しんどすぎて無理だった。それに、最後の高校生の夏休みだ。地味な千鳥さんだって、夏休みらしいことをしたい。

 

そんなわけで、地元の旭川の街を探索することにした。といっても、小心者の私にやれることといえば、行ったこともない街の図書館でちょっと勉強し、書道用品店をハシゴして篆刻の石を買い込むくらいだ。

 

でも、あの時の探索で見た印象派展のポスターとよくわからない石像は忘れられない。

 

「初めてサボってしまった。でも、やってやった」という満足感と「無断で休んで学校の先生に怒られるかな」という不安と休んでしまった罪悪感が入り混じり、心から楽しむことはできなかった。結局、2,3時間だけ徘徊して学校に戻った。

 

お昼時だったので、背徳感を胸に秘め、しれっと談話室でコンビニで買ったパンを齧ってた。どうせ散策するなら行ったことのないレストランとかに行けば良かったのにね。

 

この日はこれ以上講習に出ることなく、水泳の補習に出た。プールを出たあと、直射日光がみるみると髪を乾かしていく。夏だ。アイスを食べたい。腕に顔を近づけると塩素臭。快晴。

 

あと、後日、学校の先生に怒られることはなかった。私1人が講習をサボっても、誰も困らないのだ。私が休んでも学校はいつも通り運営されている。

 

これ以降、授業をサボることに罪悪感がなくなったと思う。受験ムードの学校がしんどくて、保健室で寝てたり模試を途中で帰ったりしてしまっていた。

 

高校生までって、毎日学校に行くのが当たり前でしんどい人もいると思う。でも、ちょっとなら休んでも勉強から遅れることもない。それに、みんなで勉強するのがしんどいなら同じ範囲を別の時間でやれば良い。

 

少ししんどいなら、本格的に行けなくなる前にちょっと休んじゃうのもインフルエンザの予防接種的な感じで必要な処置だと思う。大人だってリモート勤務するんだから、子どももやりたいよね。

 

だから、たまにならサボってもいいんじゃないだろうか。出席日数足りなくなるとか、人に迷惑をかけるような感じだと困っちゃうかもしれないが、学生時代のサボりは今しかできないぞ。

 

別にいじめられていたわけでも、先生に嫌われてたわけでもなかったが、進学校が嫌で、毎日どことなく鬱屈としていた。そして、いじめられてないから学校をサボっちゃいけないと思い込んでいた。でも、実際、少し休んだら気分も良くなるし、まあ、深刻な理由なく休んでもいいんじゃないの。

 

そういえば、自分が拙くも、1年だけ小学校の書写の授業で教鞭をとった時も、なるべく競争させない授業にしてしまっていたなあ。誰と比べてうまいとか考えさせたくなくて。自分のペースで上達すれば幸せだなあと思って。でも、実に個人主義的だったので反省点でもあるが。性格が出てしまうね。

 

さて、他の人の初めて学校をサボったエピソードも知りたい。良かったら教えてください。

俺の好きな倫理観のない恋愛小説を読んでくれ

「倫理観のない恋愛小説が好きです。」

会社の自己紹介で口を滑らせた。

 

魯迅は倫理観がない恋愛(個人的見解)をしているから好きです。」

大学院での飲み会で口を滑らせた。

 

倫理観のない〇〇 という表現をよく使ってしまう。大体、好きな文学や物語を指す時にザックリ表現したくて頼ってしまう。

 

一言でいえば、昼ドラみたいなハチャメチャな恋愛が好き。あんまりドラマって見ないけど「昼顔」も好きだったなあ。

 

美人がなんかうまい具合にいい男と出会って、調子に乗る話が好きだ。でも、だいたい結末は悲しい。主人公やヒロインが社会や身の回りの反応を気にしだして倫理観を持ち始めるとつまらなくなる。だから、恋愛小説の終わりはあんまり好きじゃない。ずっと、うつけ続けていてほしいのだ。

 

武者小路実篤の「友情」「お目出度き人」なんかは面白いのだけど悲しくなっちゃう。別の意味で。報われない恋愛なのに勘違いして舞い上がった男が滑稽な様子を描いているのだけど、そうじゃない。自分は誰かに愛されていると確信をしたうえで、世の中を舐めきったような調子の乗り方をしてほしい。

 

こういうのは、飲み会とかで話を振られて上機嫌で話したほうが楽しくなるので、ここらで終わりにします。

 

私の場合、読書の量は人と比べて特別多い方ではないのだけれども、比率は恋愛小説が多いと思う。この本好きだったな~ってのを、挙げていくので是非読んでください。私もうろ覚えなので読み直すから、一緒に読もう。

 

恐るべき子どもたち

親や先生から離れた姉弟とその他数人の子どもたちがお屋敷で共同生活をする話。教育から隔離されている感じでよい。狭い世界で男女がいると、各々恋愛感情がわき始めるのだけど、みんな一方通行でうまくいかないのがよい。誰も幸せにならないのが、現実的。残念だけど、大人の手がないと子どもだけの生活は成り立たないんだなあ、恋愛は荒廃するんだなあ、と読後すぐにぼんやり考えてたことを覚えています。

コクトーがシャブ漬けになりながら描いた作品だそうな。

 

恐るべき子供たち (光文社古典新訳文庫)

恐るべき子供たち (光文社古典新訳文庫)

 

 

美徳のよろめき

メインヒロインの節子ものすごいお嬢様。結婚相手も由緒正しい相手がいるし、子どももいる。でも、結婚前の昔の同級生の男「土屋」との接吻が忘れられていない過去がある人。

倫理観のない小説らしく、案の定うまいこと土屋男と再会しちゃう。そして、のめりこんじゃう。ベタなんだけど、それがいい。昼ドラにありそう。

土屋が裸で朝食を食べる謎の主義を持っているシーンが好きです。それも美徳なのかな。あと、後半部分で、松木という男が節子に不倫をやめるように道徳的な面から説得されるんだけど、節子には響いていなさそう。たしかに、「そんなの関係ないよなあ!」って言いたくなる作品です。

 

美徳のよろめき (新潮文庫)

美徳のよろめき (新潮文庫)

 

 

春琴抄

盲目のお嬢様の春琴に仕える献身的な佐助との話。マゾヒズム小説なのですが、佐助が自分の目を針で刺して春琴と同じように失明しちゃう。愛が深い。それでも、結婚しないであくまでも佐助が春琴の身の回りの世話をするのがいいですね。むしろ、倫理的なのでは。

 

春琴抄 (新潮文庫)

春琴抄 (新潮文庫)

 

 

はつ恋

元祖サークラ物語。

 

はつ恋 (新潮文庫)

はつ恋 (新潮文庫)

 

 

傷逝

中国で伝統的な儒教に基づいた生活が当たり前とされていた時に作られた話。恋愛の面もシビアで、原則として親や家長が決める人と結婚させられるんだけど、そんな風習を押しのけて自由恋愛を謳歌して結婚する若い男女の話。

出版当時の世間的な倫理観なんかまったく気にしていないわけで、それがいい。でも、世間の常識には勝てずハッピーエンドにはならないのも、切な良い。

世間体を気にしない行動でハッピーエンドになるといったことはなく、やっぱり大衆が正義にされてしまうのが現実の世知辛さを描いていて好きだなあ。魯迅のこのころの小説は大体現実の辛さをエグく描いている。倫理観とは別に語りたいところ。

このころの歴史的思想的背景を少し知ってから読むと面白いと思います。

 

傷逝

傷逝

 

 

棺に跨がる

同性愛手にめちゃくちゃDVする話。DVする中にかすかな愛情が合ったりと、狂った心理状況とダメ人間っぷりがたまらない。

 

棺に跨がる (文春文庫)

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愛の渇き

これ、まだ小説読んでないんですよね。映画で見ました。美徳のよろめきと同じく三島由紀夫なのですが、未亡人の美人な奥様が家庭内でめちゃくちゃ色恋沙汰を引き起こす話です。

未亡人の奥様が自分の家に仕えている男に好意を抱くのですが、男は女使用人をはらませちゃったりする。気に入らない奥様は権力を行使して、子どもをおろさせたりしちゃう。我儘が通る立場なのだけど、男使用人にあまり相手にされなくてドギマギしているのがいいですね。

 

愛の渇き (新潮文庫)

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愛の渇き [DVD]

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ドリアングレイの肖像

本筋とは外れているけど、おっさんが美少年を好きで好きでたまらないから、ろくでもない快楽主義的思想を吹き込む話(拡大解釈)。

 

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

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書いてみるとそこまで倫理観がないわけではないかもしれませんね。こじらせた恋愛が好きなだけかもしれません。「美徳のよろめき」みたいな小説が特に好きですね。まだ全然こじらせ恋愛小説を知らないので、みなさんのオススメあったら、教えて下さい。読みます。

 

初めて1人で映画館行った。あと、映画の思い出。

初めて1人で映画館行った。24歳で。

 

 

映画の思い出

 

人と一緒になら映画館に行ったことがある。

 

初めて行ったのは、幼稚園の時に親と友達とポケモンの映画(ミュウツーのやつ)だった。

 

そもそも映画がなんなのかわかってなかったのに、毎夜毎夜親が「映画まであと○日」って教えてくれるのが印象的だった。映画ってなんなのかわからんけど、楽しみであった。

 

あとは大学の時の彼氏にも連れてってもらったことがある。「 ローンサバイバー」という実際にあった紛争の映画だった。寝不足で居眠りしてしまったのだけど、映画の中のヤギがメエメエうるさくて目が覚めた。

 

たくさん血が出て銃弾が飛び交っていた。エンドロールでは、亡くなった軍人の顔が表示されていた。面白いけど映画館出たあと何を話せばいいんだろう、って軍人の顔を見ながらボンヤリしてた。

 

あとは、大学院に進学してからは、神保町シアター三島由紀夫の「愛の渇き」という映画を見に行った。

 

白黒映画で浅丘ルリ子がキレイだった。家庭内でメチャクチャ泥沼の恋愛をする話だ。昼間のドラマをギュッと凝縮したような。アクまみれの作品。是非、見てみて。

 

この時に一緒に行った三島由紀夫が好きな彼氏(もしかしたら違ったのかもしれない)とはそれ以来連絡が取れないのだけど、「まさに愛の渇きじゃん」って思って、放ったらかしてしまった。

 

あとあと、この間、映画通の人と「BPM」を見に行った。映画の感想で気の利いたことを言えなくて、相手の顔がどんどん険しくなっていったし、全然関係ないことで説教をされた。私がものを知らなさすぎてイライラさせたのかも。それ以来、知らない。

 

そんな感じで、人と行った映画では、楽しかったりやるせなかったりいろいろな思い出がある。

 

1人で行く

今回は1人で行った。エンドロールで何を声かけするか悩む必要もないし、愛が渇くこともない。

 

連休中暇すぎるし、『リズと青い鳥』を見たくて見たくて衝動的にチケットを予約した。(感想はそのうち書くかも)

 

それまでは、なんか席取るのとか面倒なのかな〜〜って思って、今まで避けてた。

でも、よくよく考えると、教員免許の手続きとか転入届、パスポートより簡単に決まってる。

 

そんなことで、気になる映画を見逃し続けるのはもったいない。

 

で、今日は暇なので行ってみることにした。

 

新宿ピカデリーに行った

 

カレー屋さんかと思ってたけど違うらしい。映画見た足ですぐにインドカレーを食べれるわけでもないらしい。しょんぼり。

 

ネットでチケット取った

 

私が見たい映画は当日に予約するとなると、20:00からの回しかなかった。

 

新宿ピカデリーまで30分以上かかるし、夜だし、辿り着いてから「満席でーす」だとしんどい。ネットで取ろう。

 

新宿ピカデリーは非会員でもメアドと名前と支払い情報だけでチケットを取れた。

 

こういうやつ、いちいち会員登録するのだるいから神。

 

大人だと1800円くらいなんだねー。美術館と相当ムシャクシャしたときにやるヒトカラや暴食と同じくらいだ。これからはムシャクシャしたら映画か美術館にいこ。

 

ポップコーンがでかい

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Mサイズ。でっか。

LLサイズまであるらしい。どんなん出てくるんだろ。

 

ポップコーンかポテトで迷ったのだけど、ポテトだと映画始まる前の広告で食べ尽くしてしまう。

 

ポップコーンは映画始まって20分くらい(体感)まではなくならなかった。万能じゃん。

 

息をするタイミングがわからない

上映中、息をするタイミングがわからない。困る。死にかけの金魚みたいに口をパクパクしてた。

 

広告が辛い

映画が始まる前の広告、幼稚園の時はつまらなかったんだけど大人なのでちゃんと見た。

 

青春ものの映画の宣伝が3つ連続で流れて、しんどくなった。

 

中学の時、恋空という横書きの本がクラスで流行ったのを思い出した。あれ、絶対読みにくいよなあ?ケータイ小説って今の若者は知らないだろう。ふふん。

 

なんだこの青春!夏真っ盛り!知らない。

 

見た映画は青春もののアニメだけど、実写だと広告だけでダメージすごいね。

 

次見たい映画

ピーターラビットの映画見たい。

 

映画『ピーターラビット』オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズhttp://www.peterrabbit-movie.jp/sp/

 

ゼンッゼン可愛くないし、声が野太い。

 

覚えてたら行く