とりめも

雑記、ネタ帳?インドカレー

コミケ3日目の女子トイレをちょっとだけ調査。すいてたよ。

冬コミに引き続き、夏コミも参加してきました。夏に参加するのは初めてです。

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前回より多くの方に本を手にとってもらえて嬉しかったです!ありがとうございました。

 

ところで、コミケに参加する前に「トイレがめちゃくちゃ混む」と聞いてびびってました。

 

今回、実際のところどうなんだろーと、混み具合を二ヶ所だけですが確認してきました。

 

前回の冬コミに初参加した時には、そんなに混んでる印象がなかったんですよね。

 

売り子が大変で、トイレばかり調べるわけにもいかなかったのでごめんなさい……。ですが、少しはお役に立つかもしれません。

 

あと、トイレ事情を知りたくて、売り子を離れた少しの時間に、意味もなくトイレの中の様子を確かめたりもして、サークルをろくに回れずごめんなさい……。次は、時間配分に気をつけます……!

 

りんかい線国際展示場駅 朝7時くらい

男子トイレは長蛇の列でした。朝の7時なのに!トイレからも列が飛び出していて、駅の端にあるトイレから、まっすぐに、端から端の真ん中くらいまで(うまく表現できなくてごめんなさい)一列に並んでましたね。人気サークルみたいでした。

朝からこんなに並ぶんですね。お急ぎでなければ、国際展示場駅のトイレよりも、事前に別の駅やお店を利用したほうがよさそうです。

 

ですが、女子トイレは、ほぼ人がいませんでした!なんか、申し訳ないくらい。待ち時間ゼロで入れましたし、人がいないので、お化粧なおしのスペースも利用できましたよ。

 

②東ホール2

開場前

男子トイレも列がそこまで伸びていない印象でした。

女子トイレはスカスカです。

 

正午くらい

男子トイレは行列ぽい感じでした。入場規制がなくなったあとだからですかね?

女子トイレはスカスカです。せいぜい、1人か2人分待つくらいですかね。

 

 3時くらい

男子トイレはまだまだ行列ぽい感じですね。遠目から見るしかないので曖昧ですが。正午よりは少なめでした。

女子トイレはまたもやスカスカです。待ち時間なし!

 

まとめ

コミケのトイレがめちゃくちゃ混む」は男子トイレは本当でしたね。大変そうです。

 

私が確認した女子トイレはそうでもなかったです。

 

「マナー違反だけど、レイヤーさんが着替えたりしてるんじゃないの⁉︎」って思ってましたが、そんなこともなさそうでした。せいぜい、ちょっとお化粧直してるくらいでした。えらい!

 

私が確認した時間がラッキーだったのかもしれませんが、案外お気楽に参加できちゃうかもしれませんよ!

 

そんでもって、国際展示場駅も東2ホールのトイレもどちらとも、とても綺麗でした!

 

駅のトイレって汚くて臭い印象でしたが、国際展示場駅トイレはとても綺麗でした。

個室の数も少なくとも4-6個はあった気がします。広々としてて、サークル参加の大荷物の人も使いやすいと思います。鏡の下に荷物入れがあって感動しました。

 

あと、確認したのが3日目なので、女性向けの作品が多い場所や日程だとまた違うのだと思います。

 

今度は、1日目や2日目の様子も調べたいです。そのためにビッグサイト行くのキツそうですが……。

 

追記

他の方のブログとか見ると、1日目と2日目は女子トイレが混雑するみたいですね。あと、場所によって全然違うみたいです。うちのサークルがあった東2ホールですと、女性が少なかったからラッキーってことなのかもしれませんね!

穴場を見つけたいですね。

先天的に骨が多い!過剰骨の軟骨にヒビが入った話

こんにちは。過剰骨の話をします。

 

まるで役に立たない骨折の話が【骨折 松葉杖】での検索上位となっていて、申し訳ない気持ちがいっぱいです。なので、別の話をして分散させたいなあと。

骨折して松葉杖になってしまって、「ああ、これからどうしよう……」とおもむろに検索したら、私のブログが引っかかるなんて可哀想すぎます。しかも、半分くらいは骨折してるのを隠して教員採用試験を受けた話です。てんで役に立ちません。「誰が必要とするんだ、こんな情報」って感じですよね。スマホをへし折りたくなることでしょう。

 

これが過剰骨だ

 

過剰骨の話をします。

 

私の足には余計な骨が左右1つずつ付いています。どうやら、これが過剰骨というらしい。

 

汚くて申し訳ないですが、私の右足です。

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なんか微妙に出っ張ってますね。本来はない骨らしいです。ただ、ものすごく珍しいわけではなくて、10人に1人くらいらしいです(私の怪我を診てくれたお医者さんによると)。

 

案外いますね。あなたの足にもあるかも!

 

なんか、私は足の内側ですが、それ以外の場所に見つけられることもあるようです。よくわからないけど、そこは調べてみてください。

 

 過剰骨を怪我した

これは学部1年の時です。どうして怪我したのかを長々と書いてもつまらないので、一言で書きます。大学構内を歩いてたら何もないところで躓いて転びました。

 

うっかり転んだわけなのですが、周りの人がめちゃくちゃ駆け寄ってくれました。優しいですね、大学生。

「だいじょ、だいじょぶだいじょぶ」

って呪文のように呟きながら、そこら辺に撒き散らかしたプリントを掻き集めて、そそくさとゴキブリのようにその場を去りました。

 

集めたプリントを大量コピーしようと印刷室に向かうとなんだか足に鈍い痛みがあります。なんかズンドコズンドコ太鼓でも鳴らしてるような痛みが足首に。プリントを掻き集めているときは恥ずかしさと急に気を取られて全く痛くなかったのですが、時間が経って落ち着くと、痛みを感じ始めました。

 

「事故で腕を失った人がそれに気づくまでは、事故のパニックで腕に痛みを感じないことがある」みたいな話と似てるんですかね。

 

よくわかりませんが、翌日も足首がズンドコズンドコ元気なので病院に行きました。左足首です。あと、脚を引きずらないと歩けなかったです。

 

地域で評判の良さそうな病院で、触診されたり、レントゲンを撮られました。

お医者さん曰く

「きみの足、変だからね」

 開口一番何なんだ、と怪訝に思っていると、色々説明してくれました。

  • 足の骨が先天的に一個多い。
  • それは過剰骨という。
  • わりとあることだよ。
  • 過剰骨と普通の骨の間の軟骨にヒビがある。
  • 治療はどうしようもないから湿布で冷やしといて。
  • 次転んだら手術で骨を取っちゃうから覚悟してね。

なんか、結構重要そうなことがいくつもあった気がしますが、軽い感じで話してくださいました。ヤブ医者か?? と疑いましたが、評判がいいのでそんなことはないでしょう。

 

事実、湿布をつけておけば、痛み自体は引きました。でも、その時に勤務していたケーキ屋のバイトで、怪我のことを話していたのに、「歩き方が変!!」と女性の社員に怒られて、「なんて、理不尽な!」って悲しくなったのを覚えています。そうじゃなくとも、立ち仕事は身体的に辛かったので安静にしましょう。

 

怪我の治療後

怪我の治療は、軽傷なので、湿布貼って様子見る というものでした。リハビリとかは特になく、2週間後くらいに、お医者さんと話して、「痛みがないなら問題なし」とのことで治療が終わりました。

痛みはなくなりましたが、この治療が正解だったかは微妙です。

次の写真を見てください。

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左右の足なのですが、怪我をした方の足は過剰骨の出っ張りが大きいんですよね(大袈裟に描きこんでるけど)。これ、怪我のあとからなんですよ。放置したので、ズレたままくっついちゃったんでしょうか??どうしようもない位置を怪我したから仕方ないんですよね。

 

そんなことがあるのかわかりませんが、天気の悪い日やたくさん歩いた日は、右足の過剰骨のあたりに鈍い痛みが発生します。怪我をしてからなんですよね。

 

いっそ手術で取っちゃおうかなーと、思ってるのですが、「たまに鈍い痛みがある」くらいしか現状困ってないので放ったらかしちゃってますね。手術こわいし。盲腸みたいな存在。次に怪我したら取っちゃおうかなと思っています。

 

ちなみに、1年前に右足を骨折したのですが、そちらは割とちゃんと治療したからか、今になって痛くなることはあまりないです。実験台は自分なので信頼性は高くありませんが、きちんと治療を受けるのって大事ですね。身をもって理解しました。

 

過剰骨の話でした!

 

まとめると、

「足に余計な骨があるけどどうしようもならない」です。

スポーツとかをやってる方は、この過剰骨が原因で炎症がとまらなくなったりするらしいので、受診したほうがいいらしいですよ。

はい、最後に役に立つことを言いました。

愉快な教員採用試験② 演技編

今回は、「教員採用試験にはどんな試験があるの?」ってお話です。こないだは、制度について個人的にまとめました。かなりじらされて、旅費がかかるという認識です。

私は、中学校国語の教員採用試験しか受けたことないので、中学校教員の採用試験のお話になっちゃいます。

本当は、ピアノや水泳の試験がある小学校教員受験者のほうがなんかいろいろ面白そうな気もしますが、逆上がりができないので小学校免許は取らなかったので仕方ないです。なんか、聞いた話なのですが、小学校だと自治体によっては、児童を整列させる実技試験があったりするらしいですよ。たしかに、運動会とか社会見学とか、児童を整列させなきゃなりませんしね。油断するとすぐどっかいっちゃうし。

 

そして、教員採用試験ではとにかく演技をさせられます。必要なのかなってくらい。なので、演技編と名付けました。

 

演技派先生

教員採用試験を受けるとき、大体の自治体では模擬授業が課されます。オーソドックスなのが、自分以外の受験者や面接官が生徒役をやってくれて、指定された課題に沿った授業を披露するというもの。もちろん授業なので、生徒に発言させる場面を作ったりします。

ただ、私が受けたある自治体では、生徒役が誰もいない模擬授業でした。でも、試験なので面接官はいる。つまり、誰もいない生徒を想定して授業をする様子を、面接官が大真面目に評価する。先生っぽい演技が要求されるわけですね。

「最近熱中していることについて作文を書いてもらいました。じゃあ、A君答えてみよう!!うんうん!!そうだね!サッカーに熱中してるんだ!」 

なんて一人演技をしなければなりません。A君いないし、サッカー好きなんて言ってないのに。すごい、異空間。

この方式の模擬授業のいいところは、生徒の答えを自分の都合のいいように想定できることだと思います。自分が授業展開しやすい答えを言ってくれたってことにしちゃいます。それか、わざと生徒が答えを間違えた体にしてもいいかもしれませんね。答えを間違えた生徒への対応という、高度な演技を組み入れるのもありかも。

 

実際に他の受験者が生徒役をしてくれる形式の模擬授業の試験も受けたことがあるのですが、

授業終盤にどや顔で「実は、これは和語、漢語、外来語っていうんだよ!」なんて説明する展開を企んでいたのに、

生徒役に

「和語、漢語、外来語ですよね?」

って言われちゃったことがあります。

なんてもう模擬授業クラッシャー!クールに当たり前のことを言わずに、子どもになりきってほしかった!

 

なんかこんな感じで、模擬授業にはハプニングがつきものなのですが、生徒役不在形式だとそんなことも起こりません!

個人的にはこの形式が好きでした。ただ、教員採用試験の場でめちゃくちゃ演技必要になります。恥ずかしいというより馬鹿らしくなってきます。めっちゃ面白くないですか?教壇の上で誰もいない空間に向かって一人でしゃべってるの。スーツ着て。実際の学校現場でもそんなむなしい機会なかなかないぞ。

 

演技派面接官

先程は、受験者である私が演技をさせられる話しでしたが、面接官も演技をします。

私が出会ったのは、場面指導の試験でした。そもそも、場面指導とはなんなのか。簡単に説明します。

学校って日々あれこれ問題が起きますよね。いじめもそうですし、物がなくなったとか、係り決めとか。あとは保護者や近隣住民対応も。そういった授業以外での対応力を確かめるのが場面指導の試験となります。

私が受けた場面指導の試験は面接の中で行われました。教員採用試験の面接官って、教育委員会の人とか地域の学校の校長とか偉い人なんですよ。

その偉いおじさんが「補習に行きたくないとゴネる子ども」を演じてくれました。

 

面接官「親の仕事継ぐからこんな補習なんか受けとうないんや!国語はまだわかるけど数学なんかいらん!なんで要るのか教えて!」

「論理的に考える力が大事なんよー。なんのお仕事継ぐの?」

面接官「なんでもええやん!いらん!」

「例えば靴屋さんだとしたら、夏場にブーツは売れないでしょう。流行りも取り入れなきゃならない。論理的に戦略的に考えないとお店潰れちゃうよ」

面接官「知らん!関係ないし!」

 

みたいなやりとりを5分くらい続けます。何と言っても面接官は引き下がらないので、ひたすら説得し続けるメンタルが大事みたいでした。何で、靴屋の話を例に出したんだろ。たぶん、子ども面接官に言いくるめられたり、こちらが怒鳴ってしまったら負け、って試験なんでしょうね。

 

おまけ 実技試験がうるさい

あとは、小学校や体育科の人は運動の実技試験が行われる場合があります。

小学校ならマット運動や水泳、体育科ならいくつかの専門科目の中から自分の得意なの選ぶ感じが多いのかな?

この試験、だいたい体育館とかでやるんですが、音が漏れるんですよ。特に剣道の試験。

一度どこかの試験で、面接待ちで廊下待機なんかしてると聞こえてくることがありました。

「ドリャー!!メーーン!!」

気合入りますね!びっくりするけど。試験ってもう少し静粛なもんじゃないのかって思うけど御構い無しでした。剣道って声が響くんですね。面接官も笑ってた。

 

試験っていう割には、教員採用試験、アクティブだよって話でした!!

 

うまい人の模擬授業見てると、ハキハキとしててカートゥンみたいに顔をくしゃくしゃにした笑顔で、なんかもう教壇の上がミュージカルみたいですよ。

個人的には、「実際そんな先生だったら、心開けないなあ〜〜」って思うけど、上手。難しいー。

愉快な教員採用試験① ドMな仕組み編

みなさん教員採用試験受けたことありますか?わたしは3度も受けたことあります。

 

3箇所の自治体で受験して、受かったり落ちたりしたのですが、あれって今考えるとまあまあ愉快な試験なんですよ。

 

先生になる人ってこんな試験突破するのって参考に。あなたの周りのカタブツな先生も本当は愉快なのかも。

 

仕組み編(普通の就活や公務員試験の違い)

 

①受験のチャンスが少ない!複数受験なら大旅行!

 

教員採用試験は一つの自治体で原則年に一度しかありません。一発勝負です。

 

そもそも教員免許状って取得が何かと面倒なんですよ。卒業必修外の単位を沢山取ったり、教育実習でしごかれたり、なんかよくわかんないけど介護等体験行ったり。いちいち手続きが大変だったり。

 

そんなまあまあ面倒な4年間を経て、弾数が少ない。

 

ただ、自治体によって日にちが違うので複数受けることができるのですが、北海道、東北、関東、関西……って大まかなブロックで試験日がだいたい同じ日に設定されてます。

 

例えば、大阪と京都が試験日同じとか。つまり、どうしても先生になりたくて試験を複数受験するなら、大移動をしなきゃなりません。

 

関西住みなら、大阪、京都、滋賀あたりを受けたいものですが、試験日がカブるため、大阪、北海道、東京 みたいな受験パターンになります。不便!遠い!疲れる!

 

そして、学生には旅費が高い!しかも、お金があれば複数受験できるとは言えども、受けれる数は多い人で5,6箇所くらいじゃないかな。自治体ごとに試験の方式も違うので。自分の周りのだいたいの人は2,3箇所受験だった気がします。

 

ちなみに、北海道が受験日が1番早いので、お試しで北海道を受ける人が多かったりします。北海道しか受からなかったらどうするんですかね、あれ。

 

ま、でも、ポジティブに考えれば、教員採用試験をいくつも受ける人はめちゃくちゃ旅行できちゃいますね!楽しんじゃいましょう!

 

わたしは京都から東海地方の試験を日帰りで受けましたが、疲れて観光とか無理でした!試験が終わり次第、すぐ帰りました!

 

②焦らしプレイ!

 

普通の採用試験ですと、だいたい1週間以内とかに面接の結果を教えてもらえますよね。教員採用試験はそんなことしません。とにかく焦らします。

 

だいたいのスケジューリングは、こんな感じ。

 

3月:説明会(任意)

4月-5月:申し込み

7月:一次試験

7月末-8月頭:一次試験結果発表

8月-9月:二次試験

9月末-10月末:二次試験結果発表

 

長い!出会いから別れまで半年以上かかります!年に数回しか出会えないくせに、めちゃくちゃ焦らすんですね!!

 

普通の人が内定式とか言ってる10月1日あたりに結果が出てないことも当たり前です。しかも落ちてるかもしれない。

 

すごい!教員を目指す人は、ギャンブラーです。しかも、受ける科目によっては倍率10倍とかありますしね。人生を賭けてます。

 

「落ちてたらどうなるの……??無職⁉︎」

 

って心配ですよね。自分の周りではなんだかんだで非常勤講師の案内が来たりする人が多かったです。そこは報われる。

 

講師登録っていう、自治体や私立学校の校長が自由に見れる講師のカタログに自分の履歴書を登録できる制度があるのです。私も何件もお誘いの電話来ましたよ。あと、大阪の公立とかなら二次募集してた年もあった気がします。

 

教員の数自体は全体的に不足してるのでお誘いは受けやすいかと思います。ただ、正規で採用される人が少ないってだけで。

 

まあ、落ちてもどうにか救われることもあるのでそこまで絶望しなくても大丈夫かも。

 

これから教員採用試験受ける方の健闘を祈ります。

 

 

ここらで力尽きたのでメインで書きたかった試験内容とかはまた別に回します。

 

教員採用試験の仕組みだけでもまあまあユニークですよね。ただ、今回取り上げた内容だと、めちゃくちゃドMじゃないかって感じがします。

 

4年間頑張る割に弾数が少ない

焦らしプレイ

人生を賭けたギャンブラー

 

教員志望者って真面目すぎる印象だと思うのですが、実はこんな感じの一面があると知ってもらえると個人的には嬉しいです。潜在的なドMかもしれません。

 

そして、最後に。

 

こんなこと言ってると、教員志望者の方に怒られちゃうかもしれないので、「あくまで私見です」 と書き加えておきます。

 

テックアカデミー(TECHACADEMY)で2ヶ月間ruby勉強したよ。

オンラインのプログラミング教室を受講していたのですが、昨日で受講期間が終わりました。だいたいどんな感じだったのかをメモしていきます。

テックアカデミーというプログラミング教室でRubyRuby on Railsを中心に学習できるWebアプリケーションコースを受講しました。

テックアカデミーを選んだ理由は、以前書かせてもらったのですが、オンライン受講ができるからです。

http://chidorimemo.hatenablog.com/entry/2017/05/18/181205

 

何ができるの?

公式ホームページから引用させてもらうと、以下が学べる内容だそうです。

HTML/CSSの理解とコーディングスキル
Bootstrapを利用した効率的なレイアウト
Git/GitHubを利用したソースコードのバージョン管理
Rubyの理解とプログラミングスキル
Ruby on Railsの理解とオリジナルWebサービスの構築

今見返すとたくさんありますね。どれも確かに手をつけました。あとは、MySQLとherokuの基礎的な操作もやりました。

 

学習の進め方

学習の進め方は基本的には、

  1. 自分でテキストを読む
  2. テキストの通り作ったり、課題を解く
  3. わからないところはslack(チャットみたいなの)でメンターさんに聞く
  4. また学習に戻る

という感じでした。時間にもよるのですが、gyazoでエラー部分や不明点がわかる画像を貼り付けるとスムーズに回答してもらえます。5分もかからずに解決なんてことが多かったです。便利な世の中ですね!

あとは、週に2回のビデオ通話でのメンタリングがありました。このメンタリングのときに、行き詰まってる箇所をこれでもかというくらい質問することもできます。

担当のメンタリングのお兄さんが穏やかだったので、話しやすかったです。たまに、目のクマがすごかったので、「エンジニアって大変な仕事なんだ……」ってビクビクしてましたが、たぶん邪推です。カメラの位置とかの関係です。

メンタリングは、都合が悪かったり、自宅に帰宅するのが間に合わなくて週一回くらいしか出席できず、なんだか申し訳なかったです。メンタリングの欠席や振替も、調整してもらえるようです。あとは、21:30や22:30スタートなど、結構遅めの時間でもメンタリングを設定してくれました。お仕事してる方でも、メンタリングの時間を確保できる仕組みだと思います。

 

どこまで進めた?

テックアカデミーには14章のコースがあります。13章までがHTMLやRubyツイッター楽天のようなサービスを作るテキストになってて、それらが終わるとオリジナルサービスを作るという構成でした。受講者なら、オリジナルでサービスを作ってコンテストに応募できるそうです。

私の場合は就活だったり研究があって、なんとか13章まで終えてオリジナルサービスは作っていない状態です。残念!変なサービス作りたかったけど、忙しかった!

でも、受講後もオリジナルサービスを作ってコンテストに出すことはできるそうです。できるかなー。

 

感想

忙しい期間だったので、好きな時に取り組めるオンライン受講はありがたかったです。

不規則な生活のせいで、午後3時から午後11時までのslackでの質問タイムにパソコンを開けないことが多く、少し不便でした。私が悪いのですが。

あとは、学習内容の中でRuby on Railsツイッターのようなサービスや楽天のような販売サイトを作るカリキュラムがあり、身近なサービスに似たようなものを作れるのは達成感がありますね。

ただ、私の場合は、後半のカリキュラムからはテキスト読んでコードをコピペするので精一杯でした。そんなわけで、仕組みが6割くらいしか理解できていないところもあるので、継続して学習することが必要だと思いました。

でも、初心者なのにある程度まで学習を進められたことや、プログラミングの勉強の基礎をスムーズに終えられたことを考えると、忙しい中でも受講して良かったと思いました。

思い切って受講してみたら、案外面白かったです。プログラミングじゃなくてもいいかもしれませんが。

あとは、「やる気ある今のうちに学習書とかでの学習に移らなきゃなー」とぼんやり考えてます。ぼんやりしすぎないように、紙かなんかに「学習書を探せ」とメモしときます。

足を骨折した時の体験談②。松葉杖とリハビリ編。

あまり更新してないこのブログなのですが、1日30-60人くらいの閲覧数があって不思議だなあと思っていました。アクセス解析をすると、【松葉杖 あるある】【松葉杖 難しい】みたいな検索ワードからの訪問が8割くらいみたいです。

というのも、夏場に足を怪我した時の体験談を昨年末にブログになんとなく書いたことがありました。松葉杖で暮らした体験談 - とりめも

たぶん、この記事が検索で上の方に来るのだと思います。なんだかそれを知ってから、アクセス数が多い日は心配になります。

 

骨折のブログ記事ってあんまりないんですかね?わからないですが、松葉杖が外れるまでの経緯とリハビリの様子を書いてみようかなと思います。私自身、ドンくさくてよく怪我するので。あと、書くって言っておいて、書いてなかったので。でも、うろ覚えです。

 

松葉杖編

私の場合は、

  1. 松葉杖2本(怪我した足を床につけてはいけない)
  2. 松葉杖2本(体重の1/3は足を床につけてもいい)
  3. 松葉杖2本(体重の2/3は足を床につけてもいい)
  4. 松葉杖1本
  5. 松葉杖なし!

という風に松葉杖が減らされていきました。

いきなり、2本から1本になるのではないですね。足にかけていい負荷を徐々に増やしていくのです。ヘルスメーターの目盛りをうまいこと体重の1/3や2/3にする調整を何度か行い、足に感覚として覚えさせる練習をしました。正直、よくわからなくて、感覚として覚えられた気がしませんでした。徹底して練習すべきだったなあ、と思います。

この足に負荷を徐々にかけていく期間、面倒なことがあります。足にどのくらいの体重をかけているかなんて他の人からはわからないので、

「松葉杖使ってるのに歩いてる!」

「足が床についてるじゃん!」

 

なんて言われちゃいます。

自分も怪我する前は、松葉杖なのに歩いてる人を見ると心配だったのですが、おかげで事情がわかるようになりました。体験してみるって大事ですね。痛い思いはしたくないけど。

 

リハビリ編

リハビリはとにかく運動不足で注意されました。怪我してるんだから安静に家で引きこもってなきゃならないのかと思って、一日中家でパソコンで絵を描いたりツイッターをする日々を過ごしていたのですが、ダメみたいですね。堂々と引きこもりすぎました。

ふくらはぎの筋肉が凝り固まっちゃうらしいです。おかげで、足首が全然曲がらなくなっちゃって治療に支障が出すぎました。お医者さんに「歩かないとダメだよ」と真顔で言われました。余りにも堕落した脚のため、超音波治療までされましたが、効果はよくわかりません。

リハビリではこんなことをやりました。

  • タオルを足の指で手繰り寄せる
  • 理学療法士の人がとにかく脚を揉んでくれる
  • 足の指を、グー、パー、グー、パーと開いたり閉じたりする

もしかすると、これは、骨折しているからというよりは、引きこもりすぎて筋肉が凝り固まってるからかもしれません。

骨折してても、適度に外に出ましょう!!

(病院やケガの具合によって変わると思いますが)

 

だいたいこんな感じでした!骨折されてる方はどうかお大事になさってください。

あと、動いてもいい方はお散歩くらいはしてもいいかもしれません!

 

また、思い出せれば、今度、腱鞘炎や過剰骨のヒビ、低音障害型感音性難聴、なんかでも書いてみたいなあって思います。

文学部から教育学の大学院に進学して気が付いたこと

私は学部では文学部の中国哲学のゼミを卒業し、大学院では教育学研究科に進学しました。当然っちゃあ当然なのですが、全然雰囲気が違うなあって感じながら日々過ごしております。

具体的に言葉にするのが難しいなあ、って一年以上思ってたんですが、最近少し言語化できそうな気もしてきました。

だいたい2つあると思います。1つは年上を敬い過ぎではないかということ。もう1つはよく他人を知ろうとすることじゃないかということです。

他人を無批判に敬いすぎでは

まず、1つめ。これは、教育学研究科だからこそかもしれません。

通常の大学ですと、高校を卒業、若しくは何年か浪人したとしても、10代20代の人とともに学ぶことが多いと思います。当然、コミュニティも若者中心になる。体育会系の厳しい部活やサークルでなければ、わりとお互いに口出ししやすい空間が与えられるのではないでしょうか。大学の人間関係ですと、高校までとは異なり、離れやすい場合が多く、先輩だからと妄信しなくとも良い。間違ってることは間違ってるといいやすい(勿論、例外はありますが)。

ただ、教育学研究科の場合は特殊でした。現役教員の方も学び直しや派遣で多数在学しています。また、狭い世界ですので、自分の教育実習の指導教諭が同級生になる、なんてこともあります。恩師と同期になれちゃうわけですね。さらには、教員になることを目指す人が多いので、未来の先輩が大学院の同期や後輩になることもあります。

個人的には、現役教員の方々と共に授業を受けられることは、圧倒的にメリットが多いと思うのですが、今回は関係ないので書きません。

本題の「年上を敬いすぎ」に戻します。私は、自分の所属しているところとは別の研究室の方が中心となっている授業を履修することが多いのですが、大学院ですと、議論をさせる場面が多い。本来、議論をするならばお互いの立場などは関係なく、発言する意見のみに集中すべきだと思うのですが、案外そうでもない。

文学研究の議論の場で、ある現役の先生がおっしゃりました。「論語は既に解釈が固定されてますよね」と。それに対して、その先生の知り合いぽい学生がみんな「うん、うん」と頷いております。

果たして本当に「うん、うん」と頷いていて良いのでしょうか。実際に、現在でも論語を研究している人は大勢いるはずだし、孔子の生きていた年代もよくわかってない。また、書店に並ぶ論語1つ取ってもどの注釈を採用するかで、訳が異なったりするはずです。論語に詳しくはないですが、学部時代に聞いた話をもとにすると、ぽんぽんと疑念が湧き出てきて、それらを全部反論として提示しました。すると、その場の空気がピリリと張り詰めた感じになり、「訳がたくさんあるってだけですよね」と一蹴されてしまいました。そして、他の方もみな「うん、うん」。相手にすらされない。

そのときに、「なんだ、これは議論ではないのか。」と気づきました。恐らく、演説の場なのでしょう。どっちの意見が正しいかはこの際いいです。問題なのは、歳上の意見だと無批判になりがちなことです。もしかすると、この場では、私の受講態度が悪かったり、1人だけ外部からの受講なのでアウェー感があったのかもしれません。ただ、この様な雰囲気は学年全体の講義の議論の場でもあります。歳上の社会人学生の方の意見が無批判に受け入れられること。また、議論から外れた個人的な教育観や経験談がなんだか効力のある意見になること。経験談は大切ですが、経験談だけでは認められやしないと思うのです。少なくともアカデミックな場では。

論語論争に関しては、私の受講態度が悪かったり、伝え方が下手だったかもしれないという落ち度も考えられます。ただ、学年全体の授業でも似た様な場面はチラホラ見受けられるので、歳上に対して無批判になりがちな若者が多いことも完全に間違いというわけではないでしょう。どんどん批判意識を持てばいいのに、って思っちゃいます。将来の上司だと考えると言いにくいのかもしれませんが、大学院に学びに来てるのだから広い心で反論も受け入れてくれるくらいの度量はあるはずでしょう(そう願いたい)。

大げさかもしれませんが、学術の場で権威を持ち込んではいけないと思うのです。実情は違うのかもしれませんが、大学院での授業の中くらい何を言っても許されるはずです。もっと好きなこと言えばいいのになあ、って思っちゃいます。そういう文化なのかもしれません。文学部時代では、一回りや二回りも歳上の人と話すことがあまりなかったので。あと、「敬いすぎ」と書きましたが、心から敬っているわけではなく、ポーズだけだと思います。現役教員の方が威圧的な物言いのわけでもないですし、学生が勝手に圧力を感じているだけなのかもしれません。処世術としては大切だと思いますが、議論の場では敬意をもって批判すればいいのにな、って。

他人を知りたがる

2つ目は、みんな「よく他人を知ろうとする」だなあってことです。また、これに関しては、どちらの意見もあってもいいと思ってます。

よく議論の中で「コミュニケーションを多く取るべきだ」という意見が出ます。先生と子どもの関係についてですね。問題を抱えてそうな子どもがいたら先生が積極的に構うべきだという意見が多いです。

個人的には人付き合いの中でこれが教育学徒ぽいなあと感心しました。学部の教職課程の時にも似たようなことはうっすら感じていました。

私は今も「人間は完全にはわかり合えない存在だし、それでいい」と思っています。無理に人の情報を聞き出すのではなく、相手が開示してくれた話を手掛かりに少しずつ相手の内面の「一部」を知ることができれば十分だと思っていました。そのほうが相手のわからない部分を想像しなければならず、思いやりにつながるのかな、と。

自分の所属していた学部のゼミでも、どういう理由があるかはわかりませんが、個人について深く聞き出そうとする人は誰もいませんでした。「人は人、自分は自分」と深追いしない。誰がどんな進路だろうと、善いとか悪いとか評価する人はいませんでした。どうしてその道を選んだかは気になるってことはあると思いますが。

ただ、教育の場ではそれではいけない場面はありますよね。いじめ問題などが起きたら何があったか聞き出さないと後々大きな問題になったり。なので、教員という職は人の心を開いて情報を聞き出すことも時には仕事となります。だからでしょうか。先日、幼児心理学の授業で「幼児期における『わからない』反応の発達的変化:『わからない』状態の視覚化手続きを通して」という論文をもとに、「他者は『わからない』ものであるということを指導する場面はありますか」と現役教員や学生の方に尋ねてみたのですが、「人をわからないとあきらめることはよくない」「それより相手のことを知ることを教えるべき」「コミュニケーションをとって相手のことをもっと知るべきだ」といった意見が多く出ました。

教職を志す人には当たり前のことなのかもしれませんが、自分にとっては驚きでした。「他人はわからないものだから、そっとしておいてあげることも正解になる場面がある(無理にわかろうとするとお節介)」と考えていて、それも相互理解の1つの方法だと思っていたのです。そういう意見はほとんどなく、積極的なコミュニケーションを促す意見が多かったです。あとは、「わからない」と判断することが「あきらめ」につながるなんて、その発想はなかった。私にとってはコミュニケーションの1つの方法として、「あの人が何が好きかはわからないから、無難に〇〇にしておこう」という選択をとることが多く、それが最善策でした。「あきらめ」でもなく、コミュニケーションを放棄したつもりもありません。

でも、教育の場ではそれではダメなのかもしれません。わかり合えることの可能性を信じることで、子どもが口を開く場面もありそうです。熱血だとうざったく思われるかな、って考えてましたが、そこの見極めが大事なんですかね。このような、教育の場での考え方やコミュニケーション法を学校外でも実践している人が多いと思います。ぼんやりと「なんでみんなあんなにハキハキしているのだろう」と考えていましたが、この理由の一つに、相手を知ることに対して「あきらめてはいけない」という思考法があるのかもしれません。

見習いたいです

これら2つが大学院に進学して不思議だなあと思うことなのです。ただ、1つ目の年上に無批判なのはよくないって意見も、教室でもっとかみつくこともできたわけですし、何日もたってから思い返して整理してる時点で私も無批判な若者かもしれません。そして、2つ目のコミュニケーション法の違いは、自分も少しは参考にしていきたいです。他人と距離をとる引き算のコミュニケーションが学部生のときは多かったのですが、もっとガンガン詰め寄っていくコミュニケーションも面白そうです。詰め寄るからこそ、素敵な縁が生まれたりしそうですね。しかしながら、人は「わからない」からこそ、意外な一面を知ったりしたときにうれしくなると思うので、なんでもかんでも聞き出すのはもったいないような気もします。長く長く楽しみたいな、ってのが個人的な意見です。

最後に。この世には数多くの大学があるわけですし、絶対にその通りだとは断言はしないのです。ただ、学部の時の教職課程でも似たようなものを感じていたので、教育学部独特の雰囲気はなんかあると思います。なにかで裏付けされていないから声を大にして言えるものでなくとも、感覚としての違和感みたいなものは大事にしていきたい。

また、文学部は専攻によって大きく違う気もするので、なんとも言えない気もします。他人を「わからないもの」として扱う人が多い要因には、私が中国思想系のゼミに所属していたこともあるのかもしれません。